犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (25) -激しい運動後にへたり込む、運動誘発性虚脱(EIC)とボーダー・コリー虚脱(BCC)

尾形聡子

コメント(0)

2519218806_dbc24bfa9a.jpg

[photo by IDS.photos]

虚脱という言葉、普段の生活においてはあまり聞きなれないかもしれません。人の場合は一般的に、血液循環が妨げられることで全身症状を起こすことをいい、胚虚脱(気胸)や熱虚脱(熱中症)がそれにあたります。犬の場合には気管虚脱といって、気管がゆがんだり押しつぶされた状態になったり、弾力性を失ってしまうことで呼吸障害を起こす、短頭種や小型犬が発症しやすい病気をご存知の方もいることでしょう。

犬ではそのほかにも、激しい運動に誘発され、後肢の筋力が突然弱まりふらつき始め、足取りの調和がとれなくなってへたり込んでしまうことを主症状とする運動誘発性虚脱(Exercise induced collapse:EIC)、さらにそれに類似する症状を呈するボーダー・コリー虚脱(Border Collie Collapse:BCC)と呼ばれる病気があります。いずれも強度の運動を数分から数十分間つづけて行うとふらつきなどの虚脱症状が出始め、体温が上がり、体のバランスを保てなくなり座り込んだり倒れこんだりしてしまいます。意識障害はなく、通常はその後数十分で回復し、痛みなどが残ることはないそうです。

運動誘発性虚脱(EIC)とは

2008年、アメリカのミネソタ大学の研究により最初にラブラドール・レトリーバーで運動誘発性虚脱の原因遺伝子が同定され、9番染色体上にあるdynamin 1 gene(DNM1)遺伝子の、エクソン6上の点変異が原因となる、常染色体劣性遺伝をする中枢神経系の遺伝性疾患であることが明らかになりました。DNM1遺伝子は神経伝達の際、シナプス小胞の再取り込み(エンドサイトーシス)に不可欠なたんぱく質です。ですので、その遺伝子が正常に働けないと神経伝達経路が遮断されてしまい、筋肉の虚脱を引き起こすと考えられています。

さらなる研究により、ラブラドールでのEICのキャリアは30~40%、3~13%がアフェクテッドと見積もられ、アフェクテッドの8割以上の犬が4歳までに虚脱症状を見せていたことが示されました。残りの犬については、虚脱するほど激しい運動をしていなかったため、虚脱症状を見せずにいるのだろうと考えられています。

またほかのレトリーバー犬種でもDNM1遺伝子の変異を持っているか調べたところ、チェサピーク・ベイ・レトリーバーとカーリーコーテッド・レトリーバーに見られましたが、ゴールデン・レトリーバー、ノヴァ・スコシア・ダック・トーリング・レトリーバー、フラット・コーテッド・レトリーバーには見られませんでした。他犬種では、ボイキン・スパニエル、クランバー・スパニエル、アメリカン・コッカー・スパニエル、ジャーマン・ワイヤーヘアード・ポインター、ビズラ、オールド・イングリッシュ・シープドッグ、ブービエ・デ・フランドル、ウェルシュ・コーギー・ペンブロークにおいてDNM1遺伝子の変異が確認されています。

日本でもラブラドールについての調査が行われており、2012年に発表された論文によりますと、133頭中6頭(4.5%)がアフェクテッド、50頭(37.6%)がキャリアと報告されています。また、盲導犬のラブラドールに絞って調査しているものもあり、174頭の盲導犬において、アフェクテッドが13頭(7.45%)、キャリアが58頭(33.3%)という結果も出ています。

アメリカのミネソタ大学のEICに関するのサイトにもラブラドールの30~40%がキャリア、3~13%がアフェクテッドと書かれていますように、国や地域による差はあるでしょうが、かなりの割合でDNM1遺伝子の変異がラブラドールに浸透していることが示されています。

ただし、EICにかかっている犬でも、虚脱の誘発原因となる強度の運動などを避けることで、家庭犬として普通に生活を送ることができます。ごくまれに重度の場合には命を落とすこともあるようですが、水中などで虚脱を起こしたりしない限り、基本的には致死性の病気ではありません。また、多くの場合は年齢とともに活動や興奮レベルが下がっていくため、症状を起こさなくなっていく傾向がみられるそうです。

いずれにせよ、生活の中で激しい運動を行う可能性が高いラブラドールやそのほかのDNM1遺伝子変異が確認されている犬と暮らしている人は、若齢のうちにDNA検査を受けておくことが大切です。たとえアフェクテッドであっても、虚脱症状を出さないように運動の程度、興奮や過度のストレスなど誘発要因となることに対して配慮することが可能です。さらに、症状は異なるものの、熱中症やてんかん、筋疾患など間違えやすい別の病気の症状と区別することもできるようになります。

7298181720_01ed137bc6.jpg

[photo by SheltieBoy]

ボーダー・コリー虚脱(BCC)とは

ボーダー・コリーなどの主に牧羊犬においても同様に、激しい運動、気温、興奮などが引き金となり虚脱症状を起こす場合があります。ただし、EICの原因となるDNM1遺伝子の変異を持っていないため、それとは区別してボーダー・コリー虚脱(BCC)と呼ばれています。一般的に、BCCは実際に作業をしている犬やアジリティやフライボール競技などに参加している犬に見られることが多く、北アメリカ、ヨーロッパ、オーストラリアでの報告があるそうです。そして日本においても、BCCらしき症状をあらわす個体がいると聞きます。

このような状況を受け、EICの原因遺伝子を同定したアメリカのミネソタ大学、そしてカリフォルニア大学サンディエゴ校、カナダのサスカチュワン大学では、ボーダー・コリー虚脱の解明に向けて、DNA解析やアンケート、ビデオ映像などによる大規模調査を続けています。

研究チームでは、昨年2016年にBCCに関する論文を2報発表しており、ひとつは飼い主へのアンケート、獣医師の診断、ビデオ映像を解析したものです。研究対象となったボーダー・コリーの発症年齢の中央値は2歳、虚脱症状を起こした回数は2回から100回以上にまでわたっていました(中央値は6回)。虚脱を起こす状況としては、レトリービングの最中が最も多く(68%)、次いで、ハーディングをしている最中(24%)でした。もう一方の論文は、ボールのレトリービングとハーディングを、BCCを発症しているボーダー・コリー13頭と健康なボーダー・コリー16頭に行わせ、生理的な違いが体内に生じているかどうかを調べたものでした。その結果、生理的な部分での有意差は見られず、かつ遺伝的な解析から、EICの原因となるDNM1遺伝子の変異も見られませんでしたが、やはり、それ以外の遺伝的な背景が強く疑われると研究者らは結んでいます。

ちなみにカナダのサスカチュワン大学のサイトでは、現時点でボーダー・コリー虚脱の疑いがある犬種として、オーストラリアン・キャトル・ドッグ、オーストラリアン・ケルピー、オーストラリアン・シェパード、ウィペット、シェットランド・シープドッグ、ビアデッド・コリー、ベルジアン・マリノア、ベルジアン・タービュレンが挙げられています。

このように、BCCについての研究はまだ始まったばかりといえる状況で、今後の研究が待たれるところですが、発症に関与する何らかの遺伝的基盤があるだろうと推測されています。ですので、ボーダー・コリーや上記に該当する犬種と暮らしている方で、同胎犬や両親犬などで虚脱症状を見せたと聞いたことがある場合には、激しい運動には配慮した方がいいかもしれません。EICと同様に、熱中症やてんかんなど他の病気と間違えることもあるかもしれませんので、その点に関しても留意されておくといいのではないかと思います。

【参考サイト】
・College of Veterinary Medicine, University of Minnesota
>運動誘発性虚脱(Exercise induced collapse:EIC)
>ボーダー・コリー虚脱(Border Collie Collapse:BCC)

 

GREEN DOGがお勧めする商品

フード選びに迷ったら。厳選お試しセット
累計注文30,000食突破(2016年7月現在)
フード選びに迷ったら。厳選お試しセット
EPA・DHA豊富!皮膚被毛の健康をサポート
EPA・DHA豊富!皮膚被毛の健康をサポート
ワイルドアラスカンサーモンオイル
獣医師も注目する「お腹の強力サポーター」
獣医師も注目する「お腹の強力サポーター」
バランスフローラ
諦めないで!歯磨き嫌いさんにはコレ
諦めないで!歯磨き嫌いさんにはコレ
ペット用歯磨きジェル 歯にマヌカ
食べきりサイズのおやつが5種類試せる!
食べきりサイズのおやつが5種類試せる!
WITH GREEN DOG ミニサイズおやつセット

dog actually ライター書籍 PickUp

「犬と遊ぶ」 レッスン テクニック: 見落としがちな「犬との遊び」は最大のトレーニング法だった! (世界のドッグスペシャリスト)
「犬と遊ぶ」 レッスン テクニック: 見落としがちな「犬との遊び」は最大のトレー… イェシカ・オーベリー (著), 藤田 りか子 (編集, 写真) 誠文堂新光社 (2015/8/20)
最新 世界の犬種大図鑑: 原産国に受け継がれた420犬種の姿形
最新 世界の犬種大図鑑: 原産国に受け継がれた420犬種の姿形 藤田 りか子 (著), リネー・ヴィレス (著, その他)
誠文堂新光社 (2015/2/24)
ドッグ・トレーナーに必要な「子犬レッスン」テクニック: 子犬の気質を読みながら、犬の語学と社会化を適切に学ばせる (犬の行動シミュレーションガイド) (犬の行動シミュレーション・ガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な「子犬レッスン」テクニック: 子犬の気質を読みながら… ヴィベケ リーセ (著), 藤田 りか子 (編集), Vibeke Sch. Reese (原著)
誠文堂新光社 (2014/8/20)
よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則
よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則 尾形 聡子 (編集)
誠文堂新光社 (2014/1/20)
今日からチャレンジ! 楽しいローフードのすすめ
今日からチャレンジ! 楽しいローフードのすすめ カリーナ・ベス・マクドナルド (著), 森 ひとみ (翻訳), 尾形 聡子 (翻訳)
エー・ディー・サマーズ (2014/2/28)
DVDBOOK 犬はしぐさで会話する(1): ヴィベケ・リーセの犬のボディランゲージ解説 ()
DVDBOOK 犬はしぐさで会話する(1): ヴィベケ・リーセの犬のボディランゲージ解説 ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (編集)
誠文堂新光社 (2013/12/10)
いぬ語会話帖: 犬の言葉をシンプルに理解するためのフォトブック
いぬ語会話帖: 犬の言葉をシンプルに理解するためのフォトブック ヴィベケ・リーセ (著)
誠文堂新光社 (2014/7/10)
ドッグ・トレーナーに必要な「深読み・先読み」テクニック: 犬の行動シミュレーション・ガイド
ドッグ・トレーナーに必要な「深読み・先読み」テクニック: 犬の行動シミュレーション・ガイド ヴィベケ・S. リーセ (著), 藤田 りか子 (編集, 写真)
誠文堂新光社 (2011/8/19)
ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック: 犬の群れとリーダーシップについての深まる謎を解く! (犬の行動シミュレーションガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック: 犬の群れとリーダーシップについての深まる謎を解く!… ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (著)
誠文堂新光社 (2013/4/19)
ドッグ・トレーナーに必要な 「犬に信頼される」テクニック: 「深読み・先読み」の第2弾、問題行動はこれで直せる! (犬の行動シミュレーションガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な 「犬に信頼される」テクニック: 「深読み・先読み」の第2弾、問題行動はこれで直せる! … ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (著)
誠文堂新光社 (2012/11/19)

もっと見る