犬の訓練は声符と視符で

史嶋桂

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これは「犬から見た人の手」の続きの話だ。僕は人間に良く社会化された犬の場合、人の手を第二第三のマズルのように捉えていると考えている。そして良く訓練された犬は声符(ボイスコマンド)が無くても、アイコンタクトと視符(ハンドコマンド)だけでほとんどの指示を理解し実行できる。つまり母犬が子犬になにかのサインを出すのと同じようにすれば、犬の訓練もうまく行くと考えている。さらに視符を覚えた犬なら年をとって耳が遠くなっても飼い主の意図を的確に捉えることも出来るという副次効果もある。

一方でよく犬と狼を比較して、犬は人間の手の合図に従うが、狼は従わないとする実験結果を発表する研究者がいる。僕はこれに首肯しない。なぜなら9割がた狼という狼犬や犬と狼の雑種を訓練して、彼らが普通の犬と同じように視符に反応するのと見ているからだ。

それはその狼犬に犬の血が入っているからだと主張する人もいるだろう。だがモンゴルの雑技団でサーカス芸を披露する狼たちは、モンゴル平原で羊飼いが野生の狼を間引くために捕獲した狼なのだ。雑技団の狼たちは、西洋のサーカスのプードルと同じように、団員の視符や声符に従ってサーカス芸をこなすことが出来る。

では研究者と雑技団で、狼の反応が異なるのはなぜか?様々な論文を読んで感じたのは、研究に供された狼の出自と成長過程だった。研究者は訓練の経験がバイアスにならないように、訓練されていない犬と狼からランダムに個体を選んで実験する例が多い。

一方雑技団の団員はサーカス芸を教えるために、乳離れの済んでいない幼い子狼の頃から飼いはじめ、極幼いうちから訓練を始める。こうした人間側の振る舞いの差が研究者の狼とサーカス団の狼の行動に差をもたらしていると僕は考える。

日本犬などのプリミティブドッグでも同じ傾向が見られるが、狼は犬より、社会化の窓が早く開き、窓が閉じるのも早い。そして狼やプリミティブドッグは一旦社会化の窓が閉じてしまうと、行動規範が固定され、新たに出会う犬や人と付き合うことも、新しい訓練を入れるのも難しくなってしまう。そのため幼い時からサーカス団員の間で人間に社会化され、人間の出す視符や声符に馴れた狼と、そういう経験がない狼に行動上の差が生じるのが当然なのだ。

さらに洋犬の多くは、一生大人にならない子供の狼のような性格を保持し続けることが多い。このため、社会化の臨界期を過ぎても、ある程度は社会化のやり直しが効くし、新しい訓練を受け入れる素地も残っている。そして人間に良く社会化された犬から見て、人間の手指は犬の鼻面(マズル)のように見える。だから飼い主は自分の犬を訓練する際、声符だけでなく、マズルに見える手指を用いた視符を組み合わせて犬を訓練すべきだと僕は考える。その事で犬は飼い主の訓練の意図をより良く理解できるようになるからだ。

次に一般的な訓練の際に使われる視符が犬から見てどんな風に感じられるか考えてみよう。

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人差し指で上を指差しスワレと声符を出した場合、犬から見て目の前の犬が上を見上げ、一声吠えて注意を促したように感じられるはずだ。

犬は人指しを立てた手を、上を向いた上位の犬の顔のように感じ、社会性動物が持つ模倣の習慣によって一緒に上を見上げようとする。この時、訓練手がスワレの視符を犬の鼻面に近い位置で押し込むように近づけると、犬は相手のマズルが向く方向を見ようとして、後じさり、しりもちをつくように座ることになる。

一旦スワレの視符と声符で座る姿勢を取った犬に「ヨシヨシ・スワレ」と笑顔で褒めてから餌の報酬を与えると、スワレの視符と声符に対して停座すると良いことが起きるという正の学習が成立する。こうして犬はスワレの視符と声符、あるいはどちらかだけでも座るように習慣づけられスワレの訓練が完成していく。

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犬がスワレの状態から立ち上がり飼い主に近づこうとしたとき、手の平を大きく開く視符を犬の鼻面に向けて高い位置で出し、マテと声符を出すと、たいていの犬は立ち止まって注目する。それは初対面の攻撃的な犬でも同じことがおこることが多い。ただし視符を出す人間がその犬を恐れてはならない。恐怖は人間の体臭を変化させ、犬の攻撃スイッチを入れることもあるからだ。

犬の視力は近視気味で、コントラストの強い粗いものなので、犬から見て、大きく拡げた手の平は、大きく口を開いて静止を命じる犬の口のように見えるはずだ。「たしなめる犬」と言う記事でも書いたが、社会性を持ち高い階梯を持つ犬は、自分のマズルを持ち上げて、相手の犬に自分の頑丈そうな歯列を見せて「ヤメロ」と言う意思を示すことがある。

犬から見ると大きく拡げた手の平はこの上位の犬の口のように見えるはずだ。さらに犬の頭の位置より上で出した視符は、大きくて背の高い犬が大きな口を開いて出したサインにも見えるはずだ。犬は視点の高さ、頭の位置で相対する相手の大きさを測るからだ。

マテの視符で犬が止まるのを確認したら、一旦スワレの視符と声符で犬を座らせ、もう一度マテの視符と声符を出すと、犬を座ったまま待機状態にできるだろう。この状態でヨシヨシ・スワレ、ヨシヨシ・マテと出来たことを声符にはさみながら笑顔で褒め、報酬の餌を与えると、犬は徐々にスワレ・マテと停座待機の状態を関連づけて学習し、視符のみでも座って待つことが出来るようになって行く。

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スワレ・マテの状態でアイコンタクトを維持できるようになったら、視符を出す手の中にご褒美を握るところを犬に見せてから、ごくゆっくりと人差し指が犬の鼻面をかすめるようにして下げながらフセと声符を出してみよう。

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この状態は犬から見て、上位の犬が口に餌をくわえて、自分に差し出すために鼻面を低く下げたように感じられるはずだ。だから犬はあたかも子犬が母犬の口元を追って餌をねだるように頭を下げ、うまく行けば伏せた姿勢で母犬から餌を貰おうとする。こうしてフセの視符と声符に対して犬が伏せた姿勢を取ると、報酬がもらえると言う学習が成立する。

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また僕たちは手を使って犬の尻尾の真似もできる。飼い主が犬に対して、左太腿の外側をパタパタ叩く視符を見せると、その動作は犬から見て、母犬または自分より大きな犬が低い位置で優しく尻尾を振って自分を呼んでいるように感じられるだろう。特にまだ離乳前の子犬にとって、この合図は母犬が出す立ったままの授乳の合図にも感じられるかも知れない。

飼い主である人間によく社会化された犬にとって、飼い主は擬似的な親犬のようなものなので、犬は何かよいことがあるだろうと、飼い主の足元にやってくる。そこで最初はスワレと声符を出し、犬が脚側に座ったらヨシヨシ・スワレ、ヨシヨシ・ツケと犬を笑顔で褒め、報酬を与える。これを毎日少しずつ繰り返すと、やがて犬はツケと言いながら太腿をパタパタやるだけで、飼い主の足元にやってきて停座するようになっていく。こうして呼び戻しと脚側停座を同時に教えることが出来る。

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ルアートレーニングにおける脚側歩行も餌をくわえた母犬の鼻面を子犬が追うような形で行えば良いことになる。子犬は母犬を追い越してしまえば報酬が手に入らないため、餌を持った手の位置を適正に保てば、正しい位置で脚側歩行を教えることが出来る。この時ついてきた犬をヨシヨシ・ツイテと褒め、餌を持つ手と飼い主の視点(顔)を一致させると、犬に飼い主の顔を見上げながら歩く習慣をつけることもできる。

このように、飼い主である人間に良く社会化された犬は、飼い主の手指を親犬のマズルように感じている。このことを利用し、その感覚を拡大しながら訓練に応用すれば、強い矯正や大袈裟な方法を使わなくても、たいていの訓練は可能になるわけだ。

これは子犬から飼いだした場合も、成犬から飼いだした場合も、同じように使える訓練手法だ。ポイントは訓練手の巧拙より、まずはどうやったら目の前の犬に、飼い主である自分を親のように感じてもらえるか?どうしたら餌を持っている手を餌をくわえた親犬のマズルのように見てもらえるかを考えることだ。

そんなふうに飼い犬の訓練の成否は、飼い主側の観察力と洞察力さらには創意工夫にかかっていると僕は考える。

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