犬から見た人の手

史嶋桂

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飼い犬の多くは飼い主から優しく体をなでられたり、手に懐いたりするのが大好きだ。一方で自分に触れようとした飼い主の手を咬んでしまう犬もいる。こうした差はなぜ生じるのだろう?なぜ犬によって人の手を好む犬と、咬むほど人の手を恐れる犬がいるのだろう?

僕は以前の記事で、犬から見た人間は、人間同士がお互いをこんな姿だと認識している様子とはかなり違って見えている、あるいは感じられていると言う意味のことを書いた。実はこの認識を前提にしないと、飼い主は無意識のうちに犬に誤解されてしまう振る舞いをしかねない。そしてその振る舞いは犬からの信頼を損ない、訓練を通じたしつけや社会化がうまく行かない原因になると考えている。

そこで今回は犬から見て飼い主はこんな風に見られている。だから飼い主はこんな風に振舞ったほうが犬から信頼してもらえる。反対にこんな行動をとると犬の信頼を損なうこともあると言う話を書いてみたい。

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まず犬の視覚は人間とは異なり、おそらくは単色でコントラストの強い光景を見ている。犬の視野は人間より広いが、長い鼻面の真下は見えないし、近眼気味なので、極近いところ以外はピントが甘い。上の二枚の写真の上が人間の視覚だとすると、下のような感じが犬の視覚と思われる。

実はこの犬の視覚は格闘技の極意とされる目配りに近い。僕が経験した格闘技だと、空手と少林寺拳法はどちらも犬のような視界で相手に対峙するように指導していた。

日本少林寺拳法はこれを八方目として具体的に解説している。八方目を使えると相手と向かい合っているときに、上中下段の左右の拳と蹴りを視点の移動なしに把握して自然にかわすことが出来るようになる。さらに一対数人の立ち回りでも左右からの攻撃をかわし防御できるようになる。剣豪宮本武蔵はこれと似た目配りのことを「観の目」と言う表現で剣の極意の一つとしてとりあげている。

実はこうした視点の使い方は、普通の人でも工夫すれば経験することができる。犬の飼い主なら自分の犬の視覚を理解する上で是非経験してもらいたい。どんな風にするのかと言うと、まっすぐ前を向いたまま一点に集中せずにぼんやり四方八方を見るようにするのだ。

例えば子供がたくさん走り回っている公園のベンチに座った姿勢で眼を半眼にしてどこにもピントの合っていない状態でぼんやりと視野の全体を見るようにするといいだろう。

そうすると今まで見えていなかった視野の隅で縄跳びをしている子供や、頭上の木の枝が風で揺れるのまで見えてくるはずだ。

犬の目は極近くでしかピントが合わないので、普段からこの八方目のような視点で世界を、そして飼い主を見ているわけだ。こうしたぼんやりと全体を見る視点は、一点に集中しない分全体に均等な注意を払うのに適している。これはおそらく獲物となる草食動物を追って山野を走り回っていた狼が、周囲に眼を配りつつ獲物を追うという暮らしをしていた中で進化させたものだろう。

さて人間の通常の視覚とは異なる方法で世界を見ている犬から見ると、人間はどんな風に感じられるのだろうか?これは僕の個人的な考えだが、おそらく犬は人間を大きな口と二つの目のある顔が一つ、そして二本の長い首の先に二つのマズルのある、とても背の高い生き物のように捉えていると思う。イメージとしては東宝の怪獣映画に出てきたキングギドラから鱗と羽と角を取り去って地味な色にしたような姿を思い浮かべればよいだろう。

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犬から見ると、例えば人間が自分を抱き上げようと伸ばしてきた二本の手は二匹分の犬の頭のようにも見えるかもしれない。いずれにしても三本首のある相手では、絵にするとかなり化け物じみた姿だ。人間ならそんな相手と付き合うのはハードルが高すぎるが、犬は柔軟で実利的な発想をする生き物なので、相手が自分と大きく違う怪物じみた姿をしていても、社会化された相手ならちゃんと身内として認めてくれる。だから社会化さえできていれば犬は老若男女を問わず仲良くできる。むしろ犬は視覚より匂いや音声の方を気にする生き物だ。

このように犬の視覚は、人間のように対象物を分析的に細かく見て、それが何かを判断するのではなく、大雑把にどんな機能があるかで、それが何かを判断すると思われる。

つまり犬から見た人間の両手と両腕は、それぞれ人間の第二第三のマズルと首に見えているかも知れない。手は大きく開くことが出来る口、指はあまり鋭くない牙に感じられるだろう。ついでに手に持ったリードや首輪は首とマズルの延長のように捉えているかもしれない。

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これは犬が人間を攻撃するとき、手と腕に集中的に咬みつくことからも首肯できるだろう。犬は自分の急所であるマズルや首に咬みつくつもりで、人間の手や腕に咬みついてくるのだ。同じようにリードに咬みつく犬は、飼い主の第二の首とマズルの延長に咬みついて、逆らう、あるいは遊ぼうという意思を示していることになるだろう。

犬の一番の武器はなんといっても鋭い牙が生えた頑丈な顎だ。つまり犬から見ると人間は、相手に咬みつける牙のある口が3つもある強そうな相手に見えている可能性もある。犬視点で見た人間は、一人で犬三匹分の攻撃手段を持っている恐るべき相手だと犬から誤解されている可能性もあるわけだ。

このため、人間に十分社会化されていない犬は、犬の頭を撫でようと上から無造作に近づく人間の手を、自分に咬み付こうとして上から迫る大きな犬の口のように感じてしまうことがある。

その恐怖に耐えられなければ、犬は恐ろしい牙をむいた第二のマズル=人間の手に咬みついて、自分の身を守るしかなくなるわけだ。僕はこれが「犬の頭をなでようとして咬まれる」咬傷事故の主な原因だと考えている。

犬はまた人間が持っていない器官、例えば尻尾の動きを人間の手に見出すこともする。

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飼い主が太腿の外側を手の平でパタパタ叩く動作は、犬からみると自分より大きな犬が尻尾を低い位置でパタパタ振っているように見えるはずだ。犬がこのパタパタに引かれて脚側にやってくるのは、一番身近な大きな犬=頼りになる母犬の近くにいたいとする仔犬の根源的な欲求をパタパタが呼び覚ますからかも知れない。

反対に落ち着きのない人がよくやる、手を使った大げさなジェスチャーは、その人の甲高い声と相まって、犬が興奮して尻尾を振り回すように、あるいは落ち着きのない犬が二つのマズルのある長い首をグルグル動かして威嚇しているように見える可能性が高い。

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一方で飼い主がしっかりと足を踏みしめて立ち、犬に向かってマテと言いながら手の平を広げて見せる行為は、上位の犬が口を開き頑丈な歯列を閃かせて相手の犬をたしなめているように見えるはずだ。

この件は「たしなめる犬」と言う記事に詳しく書いた。飼い主がこのたしなめる犬の仕草をきちんと真似る=再現することができれば、浮かれ騒ぐ自分の犬を速やかに静止することも出来るようになる。ただしそれ以前に犬と飼い主がきちんとアイコンタクトでき、犬が視符による訓練を一定以上受けている必要がある。

さらに犬が人間の手で優しく撫でられることは母犬が仔犬を舐める仕草と相同だ。そのため人間に十分社会化され、人間の手を優しい母犬のマズルのように捉えている犬は、母犬から優しく舐めてもらった仔犬のように飼い主になでられることを好むわけだ。散歩から帰って少し汚れた犬の顔を、ぬるま湯で湿らせたタオルで優しく拭いてあげると、飼い主に良く社会化された犬=懐いた犬はうっとりとした表情さえ浮かべるだろう。

同じように軽く犬の体を掴むような振る舞いは、犬同士が行う愛情をこめた甘咬みに相当するだろう。これをやると興奮して嬉しそうに甘咬みを返してくる犬もいる。

このように犬は人間の身体の各部位を自分の身体の部位に置き換えて人間を見ていると思われる。なぜなら犬は強く社会化された相手を自分の身内と認識するからだ。

特に人間の手は犬から見ると第二第三のマズルであり、一方で犬の尻尾に見えることもある。

だから飼い主は犬に誤解を与えるような変な手の動きをしてはならないし、犬に恐怖を与える、いきなり頭をなでようとする=犬からみたら上から咬みつかれそうな誤解を与える行為は厳に慎まなくてはならない。

初対面の犬に対しては、大きいけれど大人しい犬のように、マズルの代わりの拳を相手の犬より下からそっと差し出すのがお勧めだ。こうすると犬は相手の人間を、大きいけど礼儀正しい犬として挨拶を返してくれるようになる。

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犬が人間の手をマズルと捉えるのは、人間と異なる犬の感覚による誤解だが、飼い主はそういうことがあり得ると認識した上で、自分の振る舞いに注意し、犬にとって優しくて落ち着いた母犬または年上の犬のように振舞い、犬と飼い主の関係に安心と信頼をもたらすように心掛けるべきだ。僕はそんな風に考えて犬たちと付き合っている。

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