犬の分離不安とはなにか?

史嶋桂

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保護犬、特に最初の飼い主に飼育を放棄された犬の世話をしている時に、しばしば著しい分離不安を抱えた犬たちに出合った。例えば屋外の犬舎で飼われている犬が、遠吠え混じりの声でずっと飼い主を呼んでいたり、あるいは店舗の奥で飼われている犬が、ずっと視線で飼い主の姿を追い続けたり、あるいは犬が飼い主の後をずっとストーキングしたり。こうした問題行動も、分離不安を抱えた犬が取る行動だと解釈できるだろう。

犬が抱える分離不安は、彼らが高度な社会性を持つ肉食動物であるが故に生じる。極言すれば人間が犬を飼う上で避けて通れない課題だと思う。そして犬の分離不安も元をただせば犬の祖先とされる狼から引き継いだ性質だ。

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犬の祖先の狼はおよそ100万年前に北米大陸で進化を始めた。現世人類は10万年くらい前に出アフリカし中東、ヨーロッパ、ユーラシアを経て南北アメリカまで版図を広げた社会性動物。オオカミはほぼ反対のルートでアフリカを除く世界中に広がった社会性肉食動物だ。

オオカミが進化を始めた当時、彼らは同時期に隆盛を誇っていた剣歯虎などネコ科の猛獣より小さな身体だったが、群れの仲間と協力することで自分より大きな獲物を仕留めて食べることが出来た。そのおかげでオオカミたちは北米大陸とユーラシアのほとんどの地域で生態系のトップを占め続けることが出来た。それは剣歯虎のような強大なネコ科の肉食獣が滅んだ今も続いている。狼が唯一勝てなかった相手が、銃で武装するようになった我々人間と言うわけだ。

だが狼の生存戦略は群れの仲間がいて初めて有効になるタイプのものだ。たとえば狼が仲間とはぐれてしまい一匹狼になると、彼らの生存確率は著しく低下してしまう。なぜなら狼とほぼ同じ大きさの獲物は自分と同等かそれ以上に脚が早く掴まえるのが大変だし、自分より大きな獲物は単独では倒すのが困難だからだ。反対にネズミのような小さな獲物はたくさん食べなければ必要量を満たせない。つまり単独での狩りは効率が落ちてしまう。

ある意味狼たちは群れで猟を行うことで生態系のトップを占めることができた。だから狼は群れの仲間とはぐれることを極端に嫌う。さらに狼では群れのメンバーが危険な目に会いそうな相手を獲物にするのを避ける傾向さえ見られる。

例えば狼は、自分達と攻撃力がほぼ拮抗する猪を獲物にするかどうかを、その猪の態度で決める。猪が本気で立ち向かってくると狼は攻撃を諦めて立ち去る。反対に狼が近づいた時に真っ先に逃げ出す猪は狼の狩りの対象になる。なぜなら立ち向かってくる猪は過去に狼と対峙して狼を追い払った経験がある可能性が高く、反撃を受ければ群れのメンバーが致命傷を追う可能性もあるからだ。だから狼たちはそういう猪を襲うのは諦める。一方ですぐに逃げる猪は、まだ若く経験が浅く、牙も未成熟で反撃される危険性が低い。だから狩りの獲物にされてしまうのだ。こうした仲間の危険を避ける性質や、仲間からはぐれることを嫌う狼の性質が、犬が家族と言う異種の群れに対して抱く愛着の起源だと僕は考えている。

複数の狼を群れで飼い観察したさまざまな記録を読むと分かるが、狼自身は群れから引き離されることを著しく嫌うだけでなく、群れの仲間の誰かがいなくなることも極端に嫌う生き物なのだ。

狼にも見られるこの分離不安は、犬でも簡単な実験で確認できる。

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たとえば家族全員で犬をドッグランに連れて行き、犬を残して家族のメンバーの一人が犬の目の届かない場所に出てみると良い。外に出るのが父親か母親だとより分かりやすいだろう。家族に強く社会化された犬なら、いきなり姿を消した家人を探して、あるいは戻るのを待って家人の匂いが最後に消えたドッグランの出口付近から動かなくなるはずだ。

これは飼い主家族に一定以上社会化され、人間の家族を自分の群れだと認識している犬なら普通に見られる行動だ。もし犬が飼い主家族の姿が見えなくても平然としている場合は、その犬はまだ飼い主家族に対する社会化が不十分なのかも知れない。こうした犬は機会を捉えて脱走することもあるので要注意だ。

こうした犬にも狼にも見られる、群れのメンバーが欠けるのを嫌う性質、反対に群れから自分がはぐれるのを嫌う性質は、おそらく群れと常に一緒に行動する個体がより多く生き残り、より良く子孫を残し続けたことで強化されたのだろう。分離不安はそうした群れと一緒にいたいとする感情の裏返しで表れる負の側面でもあるわけだ。

このどんな犬でも多かれ少なかれ見られる分離不安は、しばしば厄介な問題行動を犬に取らせることがある。僕自身が経験した例を上げると・・・

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スナッピーと言うダックスフントの牝は、最初の飼い主が帰国の際、米国に連れ帰ることが出来無かったため、伯父の獣医病院に引き取られた。しかし彼女はわずかな隙も見逃さず、前の飼い主だった米空軍パイロットの少尉の家に帰ろうとして脱走をくりかえした。

彼女は鉄筋コンクリート造の伯父の獣医医院を隅から隅まで調べまわり、勝手口の扉だけが木製だと分かると、そのドアを徹底的に攻撃し、わずか数時間で自分が出入りできる穴を穿ってしまった。それから彼女は米軍立川基地まで走って帰り、フェンスの下に穴を掘って侵入を企て、内側の電撃柵に阻まれて失敗し、次に人車が出入りするゲートを犬だけで越えようとして門衛に捕獲された。そうして彼女は数回伯父の家に連れ戻された後に鉄製のケージに閉じ込められてしまった。

スナッピーはその後、僕の祖父が毎日のように伯父の獣医医院に通い、煮干で篭絡して連れ帰るまで、ずっと前の飼い主の下に帰ろうとした。もっともレシプロ機のパイロットだった飼い主の空軍少尉は、ジェット機の普及で滑走路が短いために不要になった立川基地が日本に返還される前に米国に帰国してしまった。スナッピーの行動は分離不安と言うより、最初の飼い主の下に戻りたいとする帰巣本能の要素が強かったとも言えるだろう。

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グレンジャーと言うボクサー犬は、里親家族の奥さんを自分の母親のように慕い、奥さんの行動を常に店の奥から監視していた。店の奥で寝ているからその隙にと、奥さんがトイレに立つと、グレンジャーはいつの間にかトイレの扉の前に座りこみ、クーン・クーンと言う鼻声を響かせ続けた。

彼は風呂場までついてくるのはもちろんのこと、夕食の買い物にもいつの間にか家を抜け出して同行しようとした。最初の内は毎回家に連れ戻していたが、彼の脱出ルートがわかってからは近隣への同行は許可せざるを得なくなった。なんとグレンジャーは出入りを許されていた屋上のフェンスを乗り越え、軒を伝って砂利敷きの路地に飛び降りていたのだ。

グレンジャーは奥さんが電車でデパートに買い物に行く時もなんとかついて行こうとさえした。しかし当時も今も日本では中大型犬を電車に乗せることは出来ない。奥さんは毎回駅でグレンジャーを捕まえ、客待ちのタクシーに乗せて店に送り返すことを繰り返した。

想像だがグレンジャーの著しいストーキング癖は、前の飼い主だった米軍族の帰国の際に日本の置き去りにされ、僕と祖父が日本語で訓練を入れなおすまで、誰も彼を構ってくれなかったことにより強化されてしまったようにも思われる。

そのグレンジャーは小学生だった僕が初めて日本語で訓練のやり直しをした犬だった。彼は僕が出す視符を真剣に待ち、訓練する側が可哀想になるくらい、すばやく僕の指示を実行しようとした。米軍基地の中で生まれ育ち、米語で訓練されたグレンジャーにとって、小学生の僕が出す英語の声符は分かりにくかっただろう。だからグレンジャーにとって日本語の訓練が入るまでは、僕が出す視符(ハンドサイン)だけが唯一彼に理解できる人間とのコミュニケーション手段だったのだ。

こんな風に犬たちが抱える分離不安は、犬が社会的肉食動物として生活を送る狼から受け継いだ「常に群れの仲間と一緒にいたい」とする生得的な欲求によるものだと思う。

犬の問題行動として取り上げられる分離不安だが、悪いことばかりではない。たとえば分離不安の強い犬は、呼び戻しに素直に従い、脚側歩行も教え易いからだ。一方で分離不安の強い犬は、なにかのきっかけで飼い主やその家族の姿が見えないとパニックに陥ることもある。パニックに陥った犬は、飼い主を捜し求めて車道に飛び出し、交通事故にあったりもする。この点は要注意だ。

分離不安については、様々な対処方法があるが、僕はスワレ・マテの訓練から始め、徐々に犬に座ったり伏せたりして、飼い主に命じられた場所で待つ時間を延ばす訓練を行うことにしている。

これは犬に納得づくで「大人しく待っていれば、飼い主は必ず帰って来て褒めてくれる」「独りでおとなしく待っていれば必ず良いことがある」と言う学習を繰り返し、分離不安そのものを、飼い主の帰りを期待して待つ期待感に上書きして行くやり方だ。

訓練の詳細は過去の記事も参考にされたい。
ジャックラッセルテリア飼育奮闘記 (12) - 信頼で取り除く犬の分離不安

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