恐れや攻撃に関係する遺伝的背景の解明へ

尾形聡子

コメント(0)

4633311293_4c50036a79.jpg

[photo by Mr.TinDC]

人の心身の健康において問題としてあげられるものに、PTSD(心的外傷後ストレス障害)やパニック障害、分離不安障害などの不安障害があります。不安障害は、うつ病や統合失調症、アルコールや薬物への依存症などとの関連性も高くみられることが分かっています。不安障害の中の強迫性障害では、人とドーベルマンでは同じような脳内の異常が見られること、さらにドーベルマンの強迫性障害の発症リスクを高める遺伝子が同定されてきています。

このように、いわゆるこころの病気と呼ばれるものの中には、人と犬に共通して自然発症すると考えられるものがあり、かつ、人よりも先にその発症リスクを高める遺伝子が犬で明らかにされてきています。そして、病気と診断される状態までいかずとも、犬の性格の傾向に及ぼす遺伝的要因も少しずつ明らかにされてきています。

人も犬も個体の性格は、遺伝要因と環境要因がだいたい半分ずつ影響することで決まってくると考えられています。遺伝的な要因がどのようにして環境の影響を受けるのか、性格の傾向を作りだすそれらの相互作用を科学的に解明しようとさまざまな研究が行われていますが、これまでに感情の生理学や神経解剖学においては多くのことが分かってきているものの、遺伝が及ぼす性格への影響についての体系的な理解はまだほとんどされていない状況です。

5年前のシンポジウムになりますが、犬の性格の遺伝子研究については『Animal 2011公開シンポジウム「イヌを学ぶ、イヌに学ぶ」レポート(3)(4)』でも紹介しています。犬の遺伝子研究のこれまでや、それをどのように活かしていくのかということについてはこれらの記事をご参照ください。

恐れや攻撃に関係する遺伝子の探索

犬の恐れや攻撃に関係する9つの行動に関係する遺伝子の多型を探索するために、先に発表されている犬の遺伝子多型を調べた2つの研究のデータセットを使用して、全ゲノム関連解析を行った研究を紹介したいと思います。犬は人と異なり自らの気分や感情を言葉で申告することができませんので、人がその指標を作ることになります。ですので、犬の行動から性格特性を判断するための指標もいくつかあるのですが、今回の研究ではアメリカのペンシルベニア大学で開発された、C-BARQ という犬の気質や行動を解析するシステムが使用されています。

ちなみに人では、ひとりひとり異なる性格について体系的に説明するための研究は古くからおこなわれ、これまでにいろいろな分類方法が考えられてきました。現在、性格は5つの性格特性因子、

・Openness(開放性)
・Conscentiousness(誠実性)
・Extraversion(外向性)
・Agreeableness(調和性)
・Neuroticism(神経症傾向)

で、だいたいを説明することができるとする、ビッグ・ファイブと呼ばれる理論が研究者の中で広く認められているそうです。そして、これらすべての特性は同等に遺伝の影響を受けるとされています。

さて、話しを戻します。C-BARQ での犬の恐れや攻撃に関係すると定義されている9つの行動は、

1.飼い主への攻撃(owner-directed)
2.見知らぬ人への攻撃(stranger-directed)
3.馴染みのある犬への攻撃(dog rivalry)
4.見知らぬ犬への攻撃(dog-directed)
5.見知らぬ人への恐怖(stranger-oriented)
6.見知らぬ犬への恐怖(dog-oriented)
7.分離不安(separation-related anxiety)
8.接触過敏性(touch sensitivity)
9.非社会的恐怖(生き物ではない対象に示す恐怖や不安nonsocial-oriented)

になります。

研究ではおよそ1000頭100犬種の遺伝子多型を解析した結果、これまでに体の小さなサイズに関与することが分かっている遺伝子の IGF1 と HMGA2 が、分離不安、接触過敏性、飼い主への攻撃、馴染みのある犬への攻撃と関連性があることが明らかにされました。また、18番染色体上の GNST3 から CD36 遺伝子の間の領域と、X 染色体上の IGSF1 遺伝子の近くの領域に存在する多型が、接触過敏性、非社会的恐怖、見知らぬ犬と見知らぬ人への功績と恐怖に関連していることも示されました。

5968812657_ef94fd6570.jpg

[photo by Thomas Quine]

恐れや攻撃的な性格は、扁桃体から視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)が関係している

IGF1 と HMGA2 という二つの遺伝子の多型は、これまでに体のサイズを小さく(矮小化)するのに関係する遺伝子であることが分かっています。今回の結果から、これらの遺伝子の多型が体の小ささと、分離不安、接触過敏性、飼い主への攻撃、馴染みのある犬への攻撃という行動を起こす傾向があるという性質の両方に影響を及ぼしていることが示されたといえます。

これは、『犬のふるまいは、身体の大きさと頭の形に影響される?』や『続・犬のふるまいは、身体の大きさと頭の形に影響される?』で紹介されていた、外見と行動との関連に関する研究結果にもあったことです。いずれの研究でも、体が小さく体重の軽い犬は、攻撃性や恐怖心、用心深さ、興奮性、活動過剰といった行動をとる傾向にあることが示されていました。

さらに、GNST3、CD36、IGSF1 遺伝子については、とりわけ扁桃体や視床下部の脳領域で多く発現していることが分かっています。扁桃体や視床下部は、視床下部-下垂体-副腎系(HPA軸)と呼ばれる内分泌を制御する機構にかかわっており、HPA軸は恐れや攻撃性の制御の中心にもなっていることでも知られています。また、CD36 遺伝子をノックアウトした(人為的に欠損させた)マウスでは、明らかに不安と攻撃性が高まることがすでに知られています。

実際にこれらの遺伝子の多型がどのようにして体内で働き、性格形成に影響を及ぼしているのかというメカニズムについてはまだわかっていません。しかし、性格形成に影響する遺伝的な背景が着実に進み始めているといえるでしょう。研究者らは、今回明らかになった犬でのこれらの遺伝子が、人の不安障害や行動障害、攻撃性にも関連するものと考え、さらなる研究を進めていくそうです。

人も犬も、ひとつの遺伝子の多型だけで説明することができる性格の差というものはとても小さいものです。持って生まれた部分(遺伝)の性格の差は、性格に関係する数多くの遺伝子の多型の組み合わせにより作られると考えられます。それは、性格形成に影響する環境要因がたくさんあり、さまざまな環境要因が複雑に絡んで性格形成に影響を及ぼすのと同様です。

大まかにいえば、個体の性格形成には遺伝と環境が半分ずつ影響するならば、両親の持つ性格形成にかかわる遺伝的な要因をそれぞれ25%ずつ受け継ぐともいえます。攻撃性や恐れという性格特性は、生活の質に影響を及ぼす可能性があるものですから、体の健康だけではなく、気質の健全性にも配慮をした繁殖がされることもとても大切だと考えています。気質の遺伝研究は今後ますます進められていくと思いますので、それが繁殖現場に積極的に取り入れられるようになる日もそう遠くないかもしれません。

【参考文献】
Zapata I, Serpell JA, Alvarez CE. Genetic mapping of canine fear and aggression. BMC Genomics. 2016 Aug 8;17:572.

【関連記事】
犬のふるまいは、身体の大きさと頭の形に影響される?
続・犬のふるまいは、身体の大きさと頭の形に影響される?
Animal 2011公開シンポジウム「イヌを学ぶ、イヌに学ぶ」レポート(3)
Animal 2011公開シンポジウム「イヌを学ぶ、イヌに学ぶ」レポート(4)

 

GREEN DOGがお勧めする商品

フード選びに迷ったら。厳選お試しセット
累計注文30,000食突破(2016年7月現在)
フード選びに迷ったら。厳選お試しセット
EPA・DHA豊富!皮膚被毛の健康をサポート
EPA・DHA豊富!皮膚被毛の健康をサポート
ワイルドアラスカンサーモンオイル
獣医師も注目する「お腹の強力サポーター」
獣医師も注目する「お腹の強力サポーター」
バランスフローラ
諦めないで!歯磨き嫌いさんにはコレ
諦めないで!歯磨き嫌いさんにはコレ
ペット用歯磨きジェル 歯にマヌカ
食べきりサイズのおやつが5種類試せる!
食べきりサイズのおやつが5種類試せる!
WITH GREEN DOG ミニサイズおやつセット

dog actually ライター書籍 PickUp

「犬と遊ぶ」 レッスン テクニック: 見落としがちな「犬との遊び」は最大のトレーニング法だった! (世界のドッグスペシャリスト)
「犬と遊ぶ」 レッスン テクニック: 見落としがちな「犬との遊び」は最大のトレー… イェシカ・オーベリー (著), 藤田 りか子 (編集, 写真) 誠文堂新光社 (2015/8/20)
最新 世界の犬種大図鑑: 原産国に受け継がれた420犬種の姿形
最新 世界の犬種大図鑑: 原産国に受け継がれた420犬種の姿形 藤田 りか子 (著), リネー・ヴィレス (著, その他)
誠文堂新光社 (2015/2/24)
ドッグ・トレーナーに必要な「子犬レッスン」テクニック: 子犬の気質を読みながら、犬の語学と社会化を適切に学ばせる (犬の行動シミュレーションガイド) (犬の行動シミュレーション・ガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な「子犬レッスン」テクニック: 子犬の気質を読みながら… ヴィベケ リーセ (著), 藤田 りか子 (編集), Vibeke Sch. Reese (原著)
誠文堂新光社 (2014/8/20)
よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則
よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則 尾形 聡子 (編集)
誠文堂新光社 (2014/1/20)
今日からチャレンジ! 楽しいローフードのすすめ
今日からチャレンジ! 楽しいローフードのすすめ カリーナ・ベス・マクドナルド (著), 森 ひとみ (翻訳), 尾形 聡子 (翻訳)
エー・ディー・サマーズ (2014/2/28)
DVDBOOK 犬はしぐさで会話する(1): ヴィベケ・リーセの犬のボディランゲージ解説 ()
DVDBOOK 犬はしぐさで会話する(1): ヴィベケ・リーセの犬のボディランゲージ解説 ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (編集)
誠文堂新光社 (2013/12/10)
いぬ語会話帖: 犬の言葉をシンプルに理解するためのフォトブック
いぬ語会話帖: 犬の言葉をシンプルに理解するためのフォトブック ヴィベケ・リーセ (著)
誠文堂新光社 (2014/7/10)
ドッグ・トレーナーに必要な「深読み・先読み」テクニック: 犬の行動シミュレーション・ガイド
ドッグ・トレーナーに必要な「深読み・先読み」テクニック: 犬の行動シミュレーション・ガイド ヴィベケ・S. リーセ (著), 藤田 りか子 (編集, 写真)
誠文堂新光社 (2011/8/19)
ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック: 犬の群れとリーダーシップについての深まる謎を解く! (犬の行動シミュレーションガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック: 犬の群れとリーダーシップについての深まる謎を解く!… ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (著)
誠文堂新光社 (2013/4/19)
ドッグ・トレーナーに必要な 「犬に信頼される」テクニック: 「深読み・先読み」の第2弾、問題行動はこれで直せる! (犬の行動シミュレーションガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な 「犬に信頼される」テクニック: 「深読み・先読み」の第2弾、問題行動はこれで直せる! … ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (著)
誠文堂新光社 (2012/11/19)

もっと見る