遺伝子パネル検査が明かす、広がりを見せる犬の遺伝病

尾形聡子

コメント(0)

5772312149_2c31a9ef33.jpg

[photo by Kristoffer Soderlund]
今回の研究で168頭の遺伝子解析が行われた、デニッシュ・スウェデイッシュ・ファームドッグの子犬。

12年の歳月をかけ、ヒトの全ゲノム解読が完了したのは今から10年以上前の2003年のこと。それからポストゲノム時代に入り、さまざまな科学技術や医療技術が開発され、医学やバイオテクノロジーの分野は目覚ましい進展を続けています。

ゲノム研究が進められる中、すでに人の医療分野では、およそ2万ある遺伝子の中から複数の遺伝子を同時に診断することができる遺伝子パネル検査が導入されています。そして最近では、自分の体質などを知ることができる簡易な遺伝子検査が手ごろな価格で受けられるようになりました。一昔前ならば何十万、何百万円としたかもしれない遺伝子検査が実用化され、今や気軽に利用できるような時代になったのです。

一方、犬の全ゲノムが解読されたのは、ヒトゲノム計画終了の翌年の2004年のことです。それから数々の遺伝病の原因となる遺伝子変異が同定され、犬の遺伝病や遺伝子変異が関連する特性などに関する DNA 検査が受けられるようになりました。

オーストラリアのシドニー大学が OMIA(Online Mendelian Inheritance in Animals)というサイトで、犬や猫などの動物で遺伝する病気や形質に関する情報を公開しているのですが、その中で遺伝子変異が明らにされている犬の病気や形質は、2003年の38から、2016年8月末現在では205と増加しています。

病気の遺伝子レベルの解析が今後も進められていけば、この数字はこれからも増えていくものと予想されますし、それに比例して DNA 検査を受けられる遺伝病の種類も増えていくでしょう。しかし、犬の DNA 検査をする際にすこし厄介だと感じるのは、特定の犬種で明らかになった遺伝病の原因となる遺伝子変異が、必ずしもほかの犬種でも同じとは限らない点です。

たとえば、PRA という名前で知られている進行性網膜萎縮症は、網膜がゆっくりと萎縮していき視力が失われていく遺伝病ですが、犬種によって(雑種も含め)発症年齢が早いか遅いかも異なれば、原因となる遺伝子も異なります。遺伝形式も異なり、多くは常染色体劣性遺伝をしますが、イングリッシュ・マスティフやブルマスティフでは常染色体優性遺伝、シベリアン・ハスキーではX連鎖劣性遺伝をすることが分かっています。以前紹介した神経セロイドリポフスチン症も同様に、犬種によってそれぞれ異なる遺伝子変異が原因となっています。

このように、同じ病気とされるものでも、その原因となる遺伝子変異が犬種により異なる場合もあります。しかし、たとえ同じ遺伝病を同じ遺伝子変異が原因となり発症する可能性があっても、これまで研究対象とされてこなかった犬種、とりわけレア犬種といわれるような頭数の少ない犬種に関しては、DNA 検査の対象になっていないことが大いに考えられます。

想定以上の広がりを示した遺伝病

それを解決することができるのが、先ほど少し触れました複数の遺伝子を同時に診断する遺伝子パネル検査です。これまで犬の DNA 検査では、一つの遺伝子について病気となる変異があるかどうかを調べるのが主流ですが、犬でも複数の遺伝子変異を同時に調べることのできる遺伝子パネルが開発されました。

開発したのはフィンランドの Genoscoper Laboratories という犬の DNA 検査を行う会社です。Genoscoper Laboratories は犬の93の遺伝子変異をスクリーニングできるその遺伝子パネル検査を使用し、同じくフィンランドのヘルシンキ大学とアメリカのペンシルベニア大学と共同して、広範囲にわたって犬の遺伝病を調査しました。

研究者らは6,788頭、233犬種の犬に対し、93の病気に関する遺伝子パネル検査を行いました。約70%がフィンランドの犬で、他は多い順に、ロシア、オランダ、ドイツ、アメリカ、イギリス、フランス、ノルウェーの犬のサンプルが使用されました。解析に使われたのは Genoscoper Laboratories で開発された、the MyDogDNAR panel test という遺伝子型を判定するためのマイクロアレイです。

その結果、これまでに明らかにされていた各犬種の遺伝病に関連する遺伝子変異(止血異常症の第VII因子欠乏やフォンヴィレブランド病、高尿酸尿症、水晶体脱臼、多発性網膜症、杆体-錐体異形成、MDR-1遺伝子変異)が、これまで報告されていない34犬種で発見されました。さらに、軟骨異形成症、小脳性運動失調、家族性腎症については、これまでに報告のなかった犬種で、以前に報告のあった犬種と同様の臨床症状をあらわしていることも確認されました。

journal.pone.0161005.g004.jpg

[photo from PLoS One]
遺伝子パネル検査で明らかになった、軟骨異形成症を示すチヌークの家系図(A)。常染色体劣性遺伝をする。写真(B)は実際に発症している個体(左)と正常な個体(右)。明らかに四肢が短いのが分かる。チヌークはレアなそり用の犬種である。

どのように利用していくのかがカギ

これまで考えられていたよりも多くの犬種に遺伝病が広がっていることが示される結果となりましたが、この遺伝子パネル検査を今後どのようにして利用していくのかがカギになるのではないかと研究者らはいっています。

包括的な DNA 検査が実用化されれば便利な側面もありますが、獣医師による病気の診断や個人レベルでのケア、繁殖、遺伝研究などのサポートツールとして、実際にどのように利用し、管理していったらいいのかという部分を考えていく必要があります。

たとえば繁殖現場に導入するのであれば、これまで以上に病気の原因となる対立遺伝子を持つ犬が明らかになり、犬種全体からみたらその割合はかなり増えることも考えられます。検査結果ばかりに目が行ってしまい、遺伝病を撲滅しようと繁殖に厳しい制限をかけてしまえば、あっという間に遺伝的多様性が失われかねません。ですから、これまでのような一つ一つの病気を調べる DNA 検査とは違う、新しい繁殖管理方法を考える必要性がでてきます。

犬に限らず人もどんな生物も、すべての病気をクリアできるような完全無欠の健康な個体はそうそう存在するものではありません。しかし、犬の繁殖は人が管理するものです。繁殖するにあたっては、遺伝的多様性を維持しつつ、遺伝病を減らしながら一定の健康状態を保ちつつ、できうる限り健康な個体が産まれてくることが望まれます。しかし、犬種の置かれている現状によって、第一の目標とするラインは異なってくることでしょう。

それにしても、今世紀に入ってからの技術の進歩は本当に目覚ましく、キャッチアップしていくにも努力が必要です。繁殖に限ったことではありませんが、そのような新しい技術を活かすも殺すも人次第なのではないかと思っています。

【参考文献】
Genetic Panel Screening of Nearly 100 Mutations Reveals New Insights into the Breed Distribution of Risk Variants for Canine Hereditary Disorders. PLoS One. 11(8):e0161005. 2016

【参考サイト】
University of Helsinki News

 

GREEN DOGがお勧めする商品

フード選びに迷ったら。厳選お試しセット
累計注文30,000食突破(2016年7月現在)
フード選びに迷ったら。厳選お試しセット
EPA・DHA豊富!皮膚被毛の健康をサポート
EPA・DHA豊富!皮膚被毛の健康をサポート
ワイルドアラスカンサーモンオイル
獣医師も注目する「お腹の強力サポーター」
獣医師も注目する「お腹の強力サポーター」
バランスフローラ
諦めないで!歯磨き嫌いさんにはコレ
諦めないで!歯磨き嫌いさんにはコレ
ペット用歯磨きジェル 歯にマヌカ
食べきりサイズのおやつが5種類試せる!
食べきりサイズのおやつが5種類試せる!
WITH GREEN DOG ミニサイズおやつセット

dog actually ライター書籍 PickUp

「犬と遊ぶ」 レッスン テクニック: 見落としがちな「犬との遊び」は最大のトレーニング法だった! (世界のドッグスペシャリスト)
「犬と遊ぶ」 レッスン テクニック: 見落としがちな「犬との遊び」は最大のトレー… イェシカ・オーベリー (著), 藤田 りか子 (編集, 写真) 誠文堂新光社 (2015/8/20)
最新 世界の犬種大図鑑: 原産国に受け継がれた420犬種の姿形
最新 世界の犬種大図鑑: 原産国に受け継がれた420犬種の姿形 藤田 りか子 (著), リネー・ヴィレス (著, その他)
誠文堂新光社 (2015/2/24)
ドッグ・トレーナーに必要な「子犬レッスン」テクニック: 子犬の気質を読みながら、犬の語学と社会化を適切に学ばせる (犬の行動シミュレーションガイド) (犬の行動シミュレーション・ガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な「子犬レッスン」テクニック: 子犬の気質を読みながら… ヴィベケ リーセ (著), 藤田 りか子 (編集), Vibeke Sch. Reese (原著)
誠文堂新光社 (2014/8/20)
よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則
よくわかる 犬の遺伝学: 健全性から毛色まで、知って役立つ遺伝の法則 尾形 聡子 (編集)
誠文堂新光社 (2014/1/20)
今日からチャレンジ! 楽しいローフードのすすめ
今日からチャレンジ! 楽しいローフードのすすめ カリーナ・ベス・マクドナルド (著), 森 ひとみ (翻訳), 尾形 聡子 (翻訳)
エー・ディー・サマーズ (2014/2/28)
DVDBOOK 犬はしぐさで会話する(1): ヴィベケ・リーセの犬のボディランゲージ解説 ()
DVDBOOK 犬はしぐさで会話する(1): ヴィベケ・リーセの犬のボディランゲージ解説 ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (編集)
誠文堂新光社 (2013/12/10)
いぬ語会話帖: 犬の言葉をシンプルに理解するためのフォトブック
いぬ語会話帖: 犬の言葉をシンプルに理解するためのフォトブック ヴィベケ・リーセ (著)
誠文堂新光社 (2014/7/10)
ドッグ・トレーナーに必要な「深読み・先読み」テクニック: 犬の行動シミュレーション・ガイド
ドッグ・トレーナーに必要な「深読み・先読み」テクニック: 犬の行動シミュレーション・ガイド ヴィベケ・S. リーセ (著), 藤田 りか子 (編集, 写真)
誠文堂新光社 (2011/8/19)
ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック: 犬の群れとリーダーシップについての深まる謎を解く! (犬の行動シミュレーションガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な「複数の犬を同時に扱う」テクニック: 犬の群れとリーダーシップについての深まる謎を解く!… ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (著)
誠文堂新光社 (2013/4/19)
ドッグ・トレーナーに必要な 「犬に信頼される」テクニック: 「深読み・先読み」の第2弾、問題行動はこれで直せる! (犬の行動シミュレーションガイド)
ドッグ・トレーナーに必要な 「犬に信頼される」テクニック: 「深読み・先読み」の第2弾、問題行動はこれで直せる! … ヴィベケ・リーセ (著), 藤田 りか子 (著)
誠文堂新光社 (2012/11/19)

もっと見る