犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (12) - 白血球の遺伝病、遺伝性好中球減少症 (TNS)

尾形聡子

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[photo by Putneypics]

犬に発症する遺伝病は、犬全般に広く見られるものから、近縁のグループや身体の形態で区分けした場合にそれぞれに発症頻度が高くなるもの、ある特定の犬種のみにとりわけ発症しやすいものとがあります。たとえばガンは、犬種を問わず犬にも広く発症する病気ですし(しかし、犬種によって特定の種類のガンに罹りやすい傾向がある、ということは分かっています)、てんかんもそのひとつといえます。2つ目の、近縁のグループや身体の形態によって罹りやすさが高まる疾患もあります。小型犬に多い病気や短頭種に多い病気、胸の深い犬に多い病気、毛色などの色素沈着と関連性のある病気などです。最後の特定の犬種に起こりやすい病気には、神経セロイド・リポフスチン症(NCL)魚鱗癬などがありますが、そのようなもののひとつに、ボーダー・コリーに発症する『遺伝性好中球減少症(Trapped Neutrophil Syndrome:TNS)』という遺伝性の疾患があります。

これまでに何度もお伝えしてきたように、人と共通するさまざまな遺伝病を犬が発症している原因のひとつには、犬は多種多様の姿形を持つように育種され、小さな遺伝子プールの中で犬種を守るべくした繁殖が続けられてきたことが挙げられます。姿形や資質などの好ましい特性を固定していく際に、好ましくない特性=遺伝性疾患も同時に犬種内に広げ、最悪固定してしまう可能性もあるのです。たとえば、スタンダードとして好ましい特性を持っているかどうかという客観的な評価のひとつに、ドッグショーでのチャンピオンの称号があります。仮に、ある病気を持った(キャリア)チャンピオン犬が繁殖に多用されるとします。繁殖に繁殖を重ね、そのブリードラインのどこかでインブリーディング的な掛け合わせがなされれば、数世代のうちにその病気の発症例が目に見えて多くなってくるということが起きてくる可能性が大いにあるということなのです。

遺伝形式の観点から見ると、犬の遺伝性疾患の中で最も多いのは劣性遺伝をする病気です。劣性遺伝の病気が蔓延しやすい理由には、キャリアである個体が増えていても、病気の症状として表れにくいことが大きな原因となっていると考えられています。優性遺伝で且つ発症年齢が低い(性成熟する前)病気の場合には、すでに病気を発症している個体を繁殖犬として使おうとはしませんから、優性遺伝の病気は劣性遺伝するものよりも早く淘汰されていきやすいということもあります。ただし、発症年齢が高いものについて、とりわけ高齢になってから発症する場合には、優性遺伝をする病気でも劣性遺伝と同じように、その個体が遺伝的に病気を抱えているかどうか分かりにくいものもあります。犬に蔓延しやすい劣性遺伝の病気は、両親ともキャリアの場合(各親とも病気は生涯発症しない)、親から子に変異した病因遺伝子が受け継がれる確率は50%ずつですので、子犬がキャリアになる確率は50%、発症(アフェクテッド)する確率は25%になります。

TNS(遺伝性好中球減少症)は、この10年ほどで急速に世界中に広まったと考えられている常染色体劣性遺伝の病気です。TNS を長年にわたり研究しているオーストラリアの研究者らが発表した2007年の論文では、彼らが TNS 研究を進めるにあたって調べた発症家系を遡ると、ある一頭のオスのキャリア犬に行きついたという報告がされています。また昨年には、日本国内での TNS 発症犬の報告と、日本国内での TNS キャリア犬の割合を調べた研究報告が鹿児島大学の研究者らによって発表されました。

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[photo by Dave-F]

遺伝性好中球減少症(Trapped Neutrophil Syndrome:TNS)とは

ボーダー・コリーに発症する TNS とはどのような病気なのでしょうか?TNS と似た病気に、周期性好中球減少症という病気があります。コリーの中でもグレー系の毛色を持つ犬に発症しやすいことから、一般にグレー・コリー症候群と呼ばれています。TNS もグレー・コリー症候群も、体内に侵入してきた細菌などの外敵から身体を守る白血球のひとつである好中球の異常が原因となり、免疫力が低下することであらゆる感染症に罹りやすくなり、そして死に至るとされる病気です。好中球は骨髄で生産されて血管に運ばれ、血流にのって身体全体をめぐることで外敵から常に身を守る働きをしています。グレー・コリー症候群の場合には血液を作る機能が周期的に抑制されて好中球が減少するのに対し、TNS では骨髄で好中球の産生は行われるものの、それが骨髄内にとどまり血流へと出ていくことができません。TNS に罹った犬は同胎犬よりも身体が小さく、頭がい骨の発達異常、細長い形態をした頭部を示します。早くは6週齢から感染症状を見せ始めますが、臨床症状が穏やかなケースでは2歳くらいになるまで病気が確認されない場合もあります。

TNSの発症原因:VPS13B遺伝子の突然変異

TNS 研究を長く続けているオーストラリアの研究者らが、さまざまな候補遺伝子の中から原因となる遺伝子変異を同定したのは、数年前のことです。VPS13B という遺伝子の、タンパク質に翻訳される部分に4塩基対の欠失があり、それによってフレームシフトが起こり、正常なタンパク質が産生できないことが分かりました。VPS13B(vacuolar protein sorting 13 homolog B)遺伝子は、人ではコーエン症候群の原因遺伝子として知られているものです。人での VPS13B の機能は完全に明らかにされていませんが、膜タンパク質としてタンパク質の輸送や選別に関わることで、個体の発育や血液システム、中枢神経系で働く機能を持つものと考えられています。また、コーエン症候群では殆どのケースで精神遅延が見られるものの(99%)、TNS の罹患犬に見られる学習障害は半数以下(43%)ということから、VPS13B 遺伝子の脳における働きやその変異した型が及ぼす影響が人と犬とで異なることが示唆されており、犬の TNS 研究が人のコーエン症候群の研究に繋がることが期待されています。

OLIVER BORDER COLLIE SULLE LANGHE

[photo by Corrado Dearca]

日本での TNS キャリア犬の割合

2011年にオーストラリアの研究者らが発表した世界各国でのボーダー・コリーの TNS キャリア犬の割合を調べた報告では、各国におけるサンプル抽出方法に差はあるのですが、オーストラリアでは約15%、日本とアメリカは約16%、ノルウェー、フィンランド、チェコ共和国、ドイツ、イギリスの各国ともに10%を少し超える結果となっていました。これについて研究者らは、彼らが2007年に発表した研究での家系調査で辿りついた1頭のオスの TNS キャリア犬よりも、もっと古くから TNS が発症していた(VPS13B遺伝子変異が起きていた)と考えられるといっています。そして、鹿児島大学の研究者らが Japan Border Collie Health Network と共同し、2006年から2012年にかけて3ヶ月齢から14歳までのボーダー・コリー441頭分の DNA サンプルを集めてそれらを解析した昨年の論文では、日本でのキャリア犬の割合は11.1%という報告がされています。オーストラリアの研究時よりも割合が低くなっていることについて、オーストラリアの研究では83頭(内キャリア犬14頭)、鹿児島大の研究では441頭(内キャリア犬49頭)と、解析した頭数に差があるためだと考えているといっています。

キャリア犬の割合をどう考えるか

今回発表された11.1%という割合をどうとらえるのか、ということはとても重要な問題だと思います。乱暴な言い方ではありますが、近年生まれたボーダー・コリーの10頭のうち1頭が TNS のキャリア犬であるという状況です。TNS 以外の、致死性の犬の遺伝性疾患について日本でのキャリア犬の割合が調べられたものでは、ボーダー・コリーの神経セロイド・リポフスチン症が8.1%、シバイヌの GM1ガングリオシドーシスが2.9%という数字がでています。特定の犬種に見られる遺伝性疾患は、とりわけ人においても希少・難治性疾患(orphan disease / rare disease)であることが多いことからも、病気の存在そのものが知られていないことが多く、見過ごされてしまいがちだと感じています。しかし、人の場合は万に一つのような発症率の遺伝病だとしても、犬の場合はどうでしょうか? TNS をはじめ、DNA 検査が可能な遺伝病についてはしっかり検査をすることで、病気の蔓延を予防することができます。病気のために辛い状態でも一所懸命にいのちを全うしようとする犬たち、そして、病気を抱えた犬の QOL を大切にしようと、できる限りのことをしたいと考えて日々生活を送る人たち。実際に、難治性の疾患を抱えた犬と暮らした経験をされたことがある方や今現在されている方は、そこから信じられないほど多くのことを感じ、学んでいらっしゃることと思います。そういった方々、そして愛犬たちのためにも、難治性の病気の治療方法が少しでも早く確立されることを願うばかりです。しかし、人が防げる病気は防ぐ、というシンプルでとても大切なことを必ずや忘れずにいて欲しいと思っています。

【参考論文】
Real-time PCR genotyping assay for canine trapped neutrophil syndrome and high frequency of the mutant allele in Border collies.( Vet J. 2012 Jul 12. In press)
A canine model of Cohen syndrome: Trapped Neutrophil Syndrome.(BMC Genomics. 2011 May 23;12:258)
Elimination of neutrophil elastase and the genes for [corrected] adaptor protein complex 3 subunits [corrected] as the cause of trapped neutrophil syndrome in Border collies.(Anim Genet. 2007 Apr;38(2):188-9)

 

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