犬が飼い主を信じられなくなる時

史嶋桂

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飼い主のちょっとした振る舞いの積み重ねによって、犬が飼い主を信じられなくなくなってしまうと言う最悪の状況に陥ることがある。そしてそれは、動物行動学の知見だけからでは解決が困難な事案、ある意味厄介な犬の問題行動を作り出す。

京子アルシャーさんの記事の中に、散歩の途中で飼い主がいくら呼んでも返って来ないと言うゴールデンリトリーバーの牡の話があった。未去勢の牡なら、犬の繁殖シーズンにはよくある話だ。牡犬の原初的な本能、繁殖可能な牝犬を見つけ出して交尾し、自分の子孫を残したいとする、雌雄がある生物の根元的な繁殖に対する欲求が、飼い主への忠誠心を上回る時、牡犬はしばしば飼い主の言う事を聞かなくなるからだ。
 
これを解決すべき問題行動として捉えた場合、呼んでも帰って来ない牡犬の行動は、動物行動学の知見の範囲で十分説明可能だ。しかし、その牡が去勢牡で繁殖への欲求を失っている場合はどうだろうか?

P2183082.jpg呼び戻し訓練が完成した犬なら、写真の犬たちの様に雪原で獲物の匂いを追っていても、呼べば一目散に帰ってくる。しかし呼び戻し訓練を行ったにも関わらず「呼んでも帰って来ない犬」になってしまう事案には、動物行動学の知見だけでは解決できないタイプの事例が多く含まれる。特に日本人が飼っている犬の問題行動の原因として良く見られるのが、飼い主によるダブルバインドが原因となっている場合だ。
 
このダブルバインドについて詳しく見てみよう。呼び戻しに従わない犬の場合は、このダブルバインドが原因の事が多いからだ。ダブルバインドは人間の心理学の用語として、二重拘束とも呼ばれる。例えば、以下のような事例がダブルバインドにあたる。

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・ リードから放して遊ばせていたら、飼い犬が何か飼い主の意に沿わない事を始める。
・  飼い主は、悪い事をしている犬を叱ろうと「オイデ」と声符と視符で呼ぶ。
・  犬が帰って来なければ叱る事も出来ないので、ことさら「猫なで声」でオイデと呼ぶ。
・  犬は飼い主が優しく呼ぶので、何かいい事があるだろうと飼い主の元に戻る。
・  しかし犬が飼い主の元にくるといきなり叩かれる。
・  あるいは戻るのが遅いと叱られる。

*飼い主が犬を叩いて叱るこの行動は非言語的であり、最初の声符による言語の命令とは階層が異なる。

*犬は、認識の限界から呼び戻しの声符と、手による罰に、強い矛盾を感じ、 飼い主の意図を理解する事ができない。

・  次に呼ばれてもそれを無視すると怒られる。
・  また叱られるのでは?と恐る恐る近寄っていっても「すぐに来なかった」と叱られる。
・  犬は飼い主に呼ばれたから戻ったのに叱られるという矛盾から次第に逃げられなくなり葛藤を抱え疑心暗鬼となる。

・  結局犬は、少々飼い主が呼んでも、戻るべきか戻らざるべきかと言う屈託を感じ、消極的に戻るのを止めるという選択を優先する。
・ さらに飼い主以外の人間も、そのように振る舞うのではないかと考え、問題行動の解決を依頼された訓練士に対しても疑心暗鬼の状態で接するようになる。
・   その結果、動物行動学の知見だけでは、呼んでも帰らないと言う犬の問題行動が解決できなくなる。

PC242409.jpgこれが、犬の訓練士やビヘイビアリストが直面する「動物行動学の限界」の一例だ。犬の訓練士や問題行動の専門家は、生物系の大学、あるいは専門学校でさまざまな形で動物行動学を学ぶ。動物行動学は犬と言う動物を扱う上で最低限必要な学問だからだ。

しかし犬と言う動物の行動と、その裏にある心理は、高度な社会性を持つ動物であるが故に、犬が属する社会からの影響を受けやすい。そして犬に社会的影響力をもっとも多く与えるのは飼い主である。この件については以前藤田さんも同様の例を紹介していた。

極論すれば飼い主の側に原因がある犬の問題行動は、飼い主の方を徹底的に訓練しなおすしか対策のとりようがない。

しかし飼い主が情緒不安定だったり、言動がヒステリックだったり、一貫性がなかったり、リーダーシップが発揮できなかったりして、飼い主側の訓練が不調に終わると、最悪自分の飼い犬から頼りにならない奴として見限られてしまう。こう言う人が飼っている犬の問題行動は改善が困難だ。なぜなら、飼い主自身を矯正する事が出来ない限り、犬の問題行動を解決出来ないからだ。極論すれば、そういう人は、本来、犬を飼うべきではないのかも知れない。
 
実はこのダブルバインドは人間の親子関係、家族関係でも深刻な問題を引き起こす事が分かっている。親が子に繰り返しダブルバインドを含む状態で接すると、子が統合失調症に似たような症状を示すようになるのだ。

人間の統合失調症は今のところ、形質的な原因で起こるとされるが、ダブルバインドはその症状悪化の要因でもある。
 
先にあげたような例はまだ分かりやすい。何をどうすれば犬が呼び戻しに従うように出来るか対策を立てやすいからだ。対策は犬をダブルバインドから解放するように、飼い主の振る舞いを常に一つの規範で統一して、犬を矛盾から解放してしまう事だ。アドバイスに従ってそれができる飼い主であれば、比較的短期間で問題行動は解決する。
 

2-5.jpgのサムネイル画像・  犬を呼び寄せて叱ってはイケナイ。
・  犬が呼び戻しに従ったら、事前にどんな事があっても、戻った犬を笑顔で褒める。
・  犬を叱る必要があったら、犬が悪い事をしている現場に、飼い主が出向き、悪い事をしている場所で叱る
・  今行っている悪い事、あるいは直前にしていた悪い事だけを叱る。
・  犬を叱る時は、叱るべき対象行為から時間が経ってから叱ってはならない。
・ 犬をむやみに殴ったり蹴ったりして叱ってはいけない
(ただし犬が人間に危害を及ぼしかねない状況は除く)。

 
しかし、問題行動解決の現場では、もうひとつ厄介な飼い主側の問題もある。例えばダブルスタンダードを使い分ける飼い主や、悪い事をしている犬を猫なで声で叱る飼い主がそれに当たる。
 
「マイロちゃん、ダメよお、そんなオイタをしちゃ」と、笑顔で叱っても我が家のジャックラッセルテリアのマイロのような犬には全く効果がないのは自明の理だ。これらの件については、また別途説明したいと思う。

PC082634.jpgいずれにしてもイエイヌがオオカミから選択育種され、人類最古の家畜となれたのは、社会行動面、心理面で人間と狼にたくさんの共通性があったからだ。例えば人間に社会化された犬も狼も人間の手を上位者のマズルとみなして挨拶したり、餌をねだったりする。

これは犬の眼と認識の仕組みが分析的に対象を見るのではなく、主に機能と動きで「それが何か?」を判断するように出来ているからだ。

訓練が進めば、犬は人間が指さした先に注目し、指さした先に向かう、これは犬が人間の手を上位者の犬のマズルと同等とみなす様になるからだ。究極的には犬をすべての命令に手の合図とアイコンタクトだけで従わせる事も可能になる。

全くの異種でありながら、人類とこれほど深く意思疎通ができる家畜は犬の他にはいない。しかし、人間と犬の心理面や振る舞いでの共通性と、知能面と認識面でのギャップが、しばしば飼い主の不適切な扱いのせいで、犬の問題行動を引き起こしてしまうわけだ。

だからこそ僕は、飼い主である我々人間が、犬の訓練を通じた躾けや社会化の現場で、犬の認識の限界を良く理解して、犬に十分理解可能な形で犬を褒め、犬を叱り、犬と共に歩まなくてはならないと思うのだ。

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筆者追記:

この記事を読まれた方はこちらの記事も是非お読みください。ダブルバインド(二重拘束)と並び、日本人の飼い主に多いダブルスタンダード(二重規範)について解説した記事です。
犬が飼い主を見限る時

 

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