犬が人を人たるものにした?

尾形聡子

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[photo by Nagarjun]

"人の最良の友"といわれる犬たちを知ろうと、心理学、行動学、考古学、ゲノム解析など、あらゆるアプローチからの研究が世界中で続けられています。つい先日には、犬が何を考えているのか?何をどれだけ認識しているのか?といった認知能力を理解するために、アメリカのエモリー大学の研究者らによって fMRI という装置で犬の脳の血流をスキャンした研究が『PLoS ONE』に発表されたばかりです。その研究では、犬が自らストレスなくfMRIの中に入るように長期間トレーニングを行うことで、世界で初めて犬を拘束せずに覚醒した状態で脳の状態を計測することに成功しました。その結果、犬が報酬を受けられることが分かった時に反応する脳の部位が人のそれと同じだったことが明らかになりました。

新しい手法で犬の心を知ろうとする研究が発表された一方で、1万5千年から10万年前に始まったと考えられている犬の家畜化が、いつどこで、どのように始まったのかは現在のゲノム研究からは明らかにすることができないかもしれない、という論文が『PNAS』に発表されました。古くから存在している犬種も含め、現存する犬種は度重なる交雑が繰り返されてきたために遺伝子的に混ざり過ぎていて、古代犬種とされている犬のDNAですら、そこから祖先の犬のルーツをたどるには曖昧すぎるのだというのです(バセンジー、シャー・ペイ、サルーキ、アキタ、フィニッシュ・スピッツ、ユーラシアの6犬種のDNAについては他の犬種よりもDNAの混ざり具合が少なかったという結果でした)。この結果を受けて研究者らは、ネアンデルタール人の骨のDNA 解析が現代の人間(ホモサピエンス)の解明に役立ったように、大昔の犬の化石のDNAを解析することが、ベールに包まれた犬の家畜化の起源にまつわる謎を解き明かすための近道になるのではないか、と述べています。

ちょうどその後、目にとまった記事がありました。そこにもまたネアンデルタール人が。普段の生活ではネアンデルタール人のことを調べたり思い浮かべたりする機会はそうそうありませんが、偶然にも続いて出てきたキーワード、ネアンデルタール人。早速読んでみると、ネアンデルタール人が滅びた原因に、人(ホモサピエンス:以下、"人"と記します)の狩猟用石器技術の発達や社会性の発達、また気候変動なども影響があったとされているようなのですが、それ以外の理由として、ネアンデルタール人との生存競争を勝ち抜いて現在の人を人たるものにした影の立役者は犬ではないか?そして、人が犬を家畜化していく間、人は犬によってある意味"家畜化された"のではないか?という考察が行われている、とても興味深い内容のものでした。考察したのはペンシルバニア州立大学の名誉教授、Pet Shipman 氏。人類学者のShipman 氏は、『Science』誌に発表されたケンブリッジ大学の考古学者らの研究と自らの分析に基づいて、犬が人にもたらした "家畜化"の現象は、ほんのわずかな解剖学的な変化であるが、それにより人同士のコミュニケーションはもとより、犬とのコミュニケーションもより良く図れるようになったことが、ネアンデルタール人を絶滅させるに至る鍵となったのではないかと述べていたのです。

長い間、犬が家畜化された時期はネアンデルタール人が絶滅した約2万年前よりも最近のことだと考えられていました。しかし、考古学の調査が進められ、ネアンデルタール人も現在の人も生息していたとされる、ヨーロッパはベルギーの洞窟からはおよそ31,700年前の、チェコ共和国からは27,000年前のものと測定された犬の頭がい骨がいくつか発掘され、これらの古い年代の犬の骨全ては、ネアンデルタール人ではなく人の遺跡から発掘されました。発掘された犬の骨は儀式的に手が施された埋葬をされていたことから、犬は狩猟の友として、人にとって尊いものとされていたと考えられる証拠だとしています。また、食用動物を利用した装飾品をめったにまとうことのなかった旧石器時代の人々が、犬やオオカミの犬歯に穴をあけてペンダントとしていたことは、犬が食用ではなかったことを示しているといいます。さらに、旧石器時代の洞窟壁画にもごく稀に犬が描かれており、人と犬が近しい存在であったことを意味するものだそうです。このようなことから、犬が家畜化されたのは15,000年よりも前の時期、人とネアンデルタール人がいずれもヨーロッパで生存していた時期ではないかというコンセンサスが急速に広まっているそうです。

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[photo from American Scientist]
チェコ共和国で発掘された27,000年前の犬の頭がい骨。犬の口の中に置かれているマンモスの骨は、犬の死後に入れられたものだそうです。

旧石器時代のものとされる発掘された犬の骨から、その時代の犬の体重は少なくとも32kg、肩の高さは少なくとも61cmはあり、大型の強い犬だったと推測されるそうです。マンモスに代表されるように、旧石器時代の動物たちは大型のため、食料のために殺した動物を住処へと運ぶ仕事を犬たちがしていたことが示唆されるといいます。また、人が犬と共に狩りに出ることでより多くの食料を手に入れられるようになり、獲物の運搬という仕事を犬が担うようになった結果、集団の健康度がアップして子どもの数が増加し、10,000年の間に人口が10倍になったというストーリーが考えられるそうです。一方で、絶滅の一途を辿ったネアンデルタール人は、犬と共生していなかったと考えられています。つまり、犬との狩りを行うかどうかが獲物の収穫量に影響を及ぼし、人口増加と減少との分かれ目となったのかもしれないというのです。

動物を家畜化するということは動物と人との間に互恵関係をもたらすものですが、そこには動物だけではなく人側の変化も伴ってきたことが分かっています。その例のひとつに、牛の家畜化があります。古くから牧畜が盛んな北欧地域の多くの人々の腸内には、牛乳(乳糖)を消化するための酵素が見られるのです。家畜化ではありませんが、日本人の腸には海藻を分解するための酵素が存在していることが数年前に明らかにされたことを思い出す方もいるのではないでしょうか。つまり、よく食卓に上がる食べ物からなるべく栄養分を吸収することができるよう、それぞれの土地に見合った小規模な進化が各地で人側にも起きているのです。

それでは単に、現在の人が人として栄えるに至った理由は、犬を家畜化することで獲物の収穫量が上がり、栄養状態が良くなったからということだけなのでしょうか?それについてもさらに面白い考察がされていました。ズバリ、人の目の形の進化、白目の発達についてです。

人は霊長類の中で最も目が横に長く、瞳の部分(角膜)と白目の部分(強膜)との境がハッキリしている唯一の動物です。また、白目の色が白いのも人だけで、他の霊長類の強膜は通常、周りの皮膚と同じような暗い色がついているそうです。人以外の霊長類は目の動きや見ている方向が分からないような形態を持っているのに、人だけが、白目を発達させることで"目の動きが分かりやすい"形態を持つように進化したと考えられています。

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[photo from American Scientist]
稀に突然変異で写真のように白い強膜を持つチンパンジーが出てくることも確認されていますが、淘汰されてしまうそうです。

それは、Cooperative eye hypothesis(協調的目の仮説)といわれているもので、人同士の間で協力態勢をより円滑に取っていくため、つまりは社会性の発達に伴い、目の動きがより分かる、注視しているものがより分かるようになる方向に進化したのではないかという考えです。旧石器時代の人がグループで狩猟をするにあたり、言葉を使わずに目の合図だけを使うほうが有利だったため、目が横に、そして白目が白色へと進化していったのではないかとも考えられています。と同時に、犬とコミュニケーションをとるために"目の動き"を合図に使うことが、犬とも一緒に狩猟をする際の重要なポイントでもあり、そのために人の目の形態変化が加速していったのではないか?というのです。犬の"人の視線を追う(gaze following)"能力については、実験により、人の6ヶ月~2歳児と同程度の能力があることがつい最近に明らかにされました。これまでに何度も登場している指差し実験もまさに、犬のコミュニケーション能力、つまり社会的な認知力を知るための実験です。

霊長類の中でも人だけに共通して備っている社会的な能力、"アイコンタクト"。進化の過程で白目を獲得した人と、白目を使ったコミュニケーションをとることを受け入れられた犬。目を使った双方向のコミュニケーションは、まさに互恵関係の上に成り立つ共生への始まりだったと考えられます。

現時点では、ネアンデルタール人が犬を家畜化したという歴史的物証は出てきていません。しかし、ネアンデルタール人にも白目の発達がみられたかどうかは、今の遺伝子解析技術では知ることができません。さらに2010年には、ネアンデルタール人のゲノム解析から、ネアンデルタール人と現在の人が異種交配をしていたことが示唆されるとする説に続いて、去年にも、X 染色体の解析により交雑の痕跡があることが認められるなど、いまだ人の進化の謎すらも解けていないのです。

とはいえ、犬が人を人たるものに進化させてきた一役を買っていただろうという、現在分かっている科学的事実を根拠として論理的に人類の進化を紐解こうとすることに、とてもロマンを感じるものです。人の起源を調べることが犬に結びつき、犬の起源を調べることがまた、人にも結びついていく...。人が人になる本当に本当の最初から、人と犬とがコミュニケーションをとってきたということが事実であれば、犬が人を人にしてくれたからこそ現在の我々が存在できているのかもしれない、ともいえると思うのです。犬の家畜化の始まりが、まさに人類の始まりだったのかもしれないとは、改めて犬と人との間だけにある特別なつながりを感じざるを得ません。

【参考サイト】
American Scientist

 

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