保護犬スナッピー一世 (1)

史嶋桂

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スナッピー一世というのは、紀州犬ブランと一緒に僕が飼っていたラブラドル犬ではない。僕が小学校のころ祖父が飼い始めた我が家にとって初めてのダックスフントだ。それまで家ではジャーマン・シェパード、ボクサー、ドーベルマン・ピンシャーなどの大型犬ばかりが飼われていた。祖父が米軍基地で置き去りになった犬を引き取っては飼ったり、里親を捜したりしていたからだ。僕はそんな家で、生まれる前から大きな犬がいつも複数群れているような環境で育った。

僕が幼い頃は朝鮮戦争の影響か、在日米軍の軍属たちは大きな犬に軍用犬の訓練を入れて飼っていた。祖父によると、第二次世界大戦当時の米軍の軍用犬は、その多くが一般からの徴用犬だった。朝鮮戦争の後もその傾向は続いた。勢い帰国する米軍の軍属が日本に置き去りにする犬たちも大型犬ばかりだったわけだ。そんな中で、祖父が立川の米軍基地から連れ帰ったのがスナッピー一世と言うダックスフントだった。

ある意味ダックスフントの様な軍用犬に向かない犬が米軍基地の軍属に飼われるようになったのは、世の中が平和になった証だったのかも知れない。

そうは言っても当時のダックスフントは、スタンダードダックスという脚がすこし短いだけの中型犬くらいのサイズの犬だった。スナッピー一世は針のような固く短いコートに、四つ目と呼ばれる天井眉と長い垂れ耳を持った貴族じみた顔つきの犬だった。

彼女は立川ベースで戦闘機パイロットの少尉に飼われていた二歳の牝犬だったが、少尉の帰国の際に連れて帰る事ができず、立川で開業していた獣医の叔父に預けられた。当時、在日米軍は軍曹以上に戸建ての家が与えられたが、本国に帰れば少尉でも集合官舎暮らしだった。当然本国に犬を連れて帰ることは出来ない。少尉は泣く泣くスナッピー一世を叔父に預けて帰国していったという。

叔父の家にいたスナッピー一世は、なぜか狭い金属製のケージに閉じ込めてられていた。彼女は室内で自由にさせておくと、穴掘りの得意なダックスフントらしく、どんなに狭い隙間からでも叔父の家を脱走し、空軍少尉の家があった立川のベースキャンプに戻ろうとしたからだ。

祖父はそんなスナッピー一世の懐柔を始めた。毎日のように東横線と南部線を乗り継いで立川の叔父の家に通い、手ずから煮干しを与え、優しく声をかけ、根気良くなで続けた。スナッピー一世は英語のコマンドしか反応しなかったので、祖父は片言の英語でスナッピー一世に様々なコマンドを与え、スナッピー一世がそれに従うたびに毎回手ずから煮干しを与えて笑顔でグッドガールと褒めた。一週間ほどで、スナッピー一世は祖父の訪問を尻尾を振って迎えるようになったと言う。そして二週間目には一緒に散歩に出ても、きちんと脚側について歩ける様になっていった。

僕の祖父は傷痍軍人で、第二次世界大戦中に負った傷が元で、僕が小学校に上がる頃には跛行せずには歩けなくなっていた。それで祖父は、当時家にいた大型犬たちの散歩を僕に任せる様になったが、やはり不自由な脚でも、自分で散歩に連れて行ける犬が欲しかったのだと思う。短足のダックスフントはその目的にぴったりだったのだ。

祖父はそんなスナッピー一世を、ボストンバックに入れ、南部線と東横線を乗り継いで家に連れ帰った。家についたスナッピー一世は家の庭に放されても、もう逃げだそうとはしなかった。

スナッピー一世は、家に着くとその当時家にいたボクサー犬とジャーマン・シェパードたちと堂々と挨拶を交わした。僕はスナッピー一世があまりに小さく見えたので、大型犬が怪我をさせるのではと不安だった。それで家の中で飼った方が良いと主張したが、祖父の考えは違っていた。ダックスフントはアナグマという凶暴な獲物を狩る獣猟犬だからドイツ・シェパードやボクサーでも恐れないと言うのだ。

驚くべき事に祖父の考えが正しかった。スナッピー一世はその小さな身体で、庭の五月躑躅の茂みの下を自分の縄張りにして、あちこちに穴を掘り、まるで地下鉄の様に、ドドドドと地響きを立てて庭中を自由に走り回った。大型犬たちは自由に植え込みと庭石の間を行き来できるスナッピー一世に追いつく事さえ出来な無かった。

やがてスナッピー一世は、餌の時間になると他の犬を抑えて最初に餌を食べ、祖父をはじめとする家人が帰宅した時に、一番先に挨拶に来る犬になっていった。

スナッピー一世は、逆らう犬には情け容赦なく咬みついたが、祖父と僕を含めた家人には良くなついた。日本語の声符もだんだんと覚えていき、服従訓練だけでなく、短い前足でお手までするようになった。なにより杖を突いてもゆっくりしか歩けない祖父のとなりを、短い脚できちんと歩調を合わせて散歩するのが得意だった。

僕が通っていた学校の先生が卒業文集に寄せたエッセイに、次のようなユーモラスな文章が残っている。

「僕は学校の便所で小便をする時にヒマをもてあます。大便とちがって小便の時は他にすることが何もないからだ。だが先日は学校の便所の窓から見た光景で愉快な時間を過ごす事ができた。僕が窓から外を眺めて小便をしていると、杖をついた老人が、胴の長い脚の短い犬を連れて通りかかった。老人は僕が見ているとも知らず、学校の塀で用足しを始めた。そうすると犬もしゃがんで一緒に用足しを始めた。もちろん犬の方が先に用足しを終えたが、その犬は老人の用足しが済むまで、おとなしく横に座って待っていた。僕はしつけの良い犬は、主人の小便さえ待つことが出来るものなのだと感心してしまった」

当時ダックスフントはまだブームの前で、日本ではほとんど飼われていなかったので、この老人と犬が、祖父とスナッピー一世であるのは明白だった。

祖父はそんなスナッピー一世をことのほか可愛がった。家にやってくる客の多くも、強面の大型犬たちより、外観だけはおとなしげに見えるダックスフントに興味を示した。祖父はダックスフントこそ、自分の余生を託すのに足る犬だと思ったのだろう。真剣にスナッピー一世のお婿さんを捜し始めた。(つづく)

 

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