2012年2月 7日 食・健康 ゴールデン・レトリーバー,研究,遺伝子,魚鱗癬
犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと(10) - 皮膚疾患、遺伝性魚鱗癬 (ARCI)

人で言うところの希少・難治性疾患(orphan disease / rare disease)のなかには、犬にも同じように発症する病気があります。これまでに、そのような病気の原因となる遺伝子変異が犬の研究によって明らかにされてきていることをお伝えしてきましたが、また新たにひとつ、皮膚病の魚鱗癬(ぎょりんせん)という病気の原因となる遺伝子がゴールデン・レトリーバーの DNA 解析によって突き止められました。
繰り返しになりますが、希少・難治性疾患は世界中を見渡しても患者の方がたいへん少ない場合が多く、病気の原因となる遺伝的な背景の研究が進めにくいため、治療方法や薬の開発になかなか繋がっていかないという現状があります。しかし、人には稀な病気であっても、犬は人よりも遥かに高い割合でそのような病気を発症することが多々あります。
なぜなら、犬は犬種としての種を保っていくためには同犬種内での遺伝的バックグラウンドの類似性が高い必要があるため、遺伝子の多様性が人よりもずっと少ないからなのです。一方で、犬は人によって選択繁殖されて犬種としての種をつくられてきたため、犬種間での見た目や特性の多様性をスピーディに進化させてきたともいえます。しかし、各犬種に好ましい見た目や特性などを維持、改善していくために人為選択していくと、その一方で、病気を発症するような遺伝子の突然変異も広がっていってしまうことがあるために、犬種によってある特定の病気に罹りやすいといった傾向が出てきているのです。今回紹介する遺伝性の魚鱗癬もその例にもれず、急速にゴールデン・レトリーバーに広がっていった病気です
魚鱗癬とは
皮膚が魚のうろこのようにカサカサと硬くなることから名づけられた魚鱗癬は、表皮の角質形成異常や代謝異常が見られる病気で、遺伝の仕方などでいくつかのタイプに分類されています。常染色体優性遺伝をする尋常性魚鱗癬はもっとも発症率が高く、症状は比較的軽いものなのですが、常染色体劣性遺伝形式を取るタイプ(Autosomal Recessive Congenital Ichthyosis:ARCI)やその他の先天性のタイプなどは発症率がとても低く、その中でも道化師様魚鱗癬(Harlequin Ichthyosis)は統計が取れないほど発症率が極めて低く、最も重篤な症状を呈し命の危険も伴うこともあります。
これまでの人を対象とした研究から、症候性の魚鱗癬も含めると40余りの原因遺伝子の変異が分かっていますが、それでも魚鱗癬の原因の全てが明らかになっているわけではありません。ARCI(常染色体劣性遺伝をする魚鱗癬)についても7つの原因遺伝子が同定されていますが、ARCI 患者の20%については遺伝的な原因が分からないままでした。そして、8つ目となる原因遺伝子が、フランスとドイツを中心とした国際研究チームによって突き止められたのです。
ゴールデン・レトリーバーの魚鱗癬:PNPLA1遺伝子の突然変異
ゴールデン・レトリーバーの魚鱗癬は葉状魚鱗癬(lamellar ichthyosis)タイプで、かさぶたのような角化した細胞が表皮にとどまり、最初は白っぽい皮膚が年齢とともに黒っぽく変化していきます。角化した細胞がまとまってはがれ落ちるため、その部分に脱毛や炎症を起こします。研究者らは、魚鱗癬に罹っているゴールデン・レトリーバーと罹っていないゴールデン・レトリーバー20頭ずつのゲノムを比較解析し、12番染色体上にある PNPLA1(Patatin-like phospholipase domain-containing protein 1)と呼ばれる遺伝子に変異が起きていることを発見しました。それまで、PNPLA1遺伝子は魚鱗癬だけでなく他のどの病気とも関連づけられたことがないばかりか、機能についても知られていませんでした。しかし研究者らによって、PNPLA1はケラチノサイト(角化細胞)が正常に分化するために必要な遺伝子であり、皮膚バリア機能に影響を及ぼしていることが明らかにされました。
変異した PNPLA1遺伝子の塩基配列を調べたところ、タンパク質に翻訳される部分(エクソン)に3塩基の欠失と8塩基の挿入が起きており、結果として5塩基挿入されることでフレームシフトが起こり、本来の長さよりアミノ酸が74個分短いタンパク質しかつくることができない状態になっていました。
研究者らはさらに、罹患しているゴールデン・レトリーバー120頭と、罹っていない200頭についてこの遺伝子変異があるかどうか調べました。すると、罹患している120頭すべての犬が、両親犬からそれぞれ受け継いだ PNPLA1遺伝子の両方が変異型であることが分かりました。また、200頭の健康な犬は、両方とも変異していない(80頭/200頭)か、もしくは片方だけ変異型(120頭/200頭)であることもわかりました。このことより、PNPLA1遺伝子の変異によるゴールデン・レトリーバーにみられる遺伝性の魚鱗癬は、常染色体劣性遺伝という遺伝形式を取ることがわかりました。
PNPLA1遺伝子について、他の4種のレトリーバー犬種180頭と、その他25犬種300頭の健康な犬について調べたところ、どの犬からも PNPLA1遺伝子の変異は見つかりませんでした。このことから研究者らは、ゴールデン・レトリーバーのある特定の犬の PNPLA1遺伝子に突然変異が起こり、その犬が元となって犬種内に魚鱗癬が爆発的に広まっていったと考えられるといっています。つまり、チャンピオン犬の度重なる繁殖、アフェクトまたはキャリアの犬を使ったインブリードが原因であるというのです。実際に、論文で初めてゴールデン・レトリーバーの臨床例の報告がされたのは2007年のことでした。
犬の研究から人へ、人の研究から犬へ
続いて研究者らは、遺伝的な原因が不明の ARCI 患者について、地理的に離れた10家系について PNPLA1遺伝子を調べました。すると、10家系のうちアルジェリアとモロッコの2家系から各3人ずつ、PNPLA1遺伝子の変異が起きていることを発見しました。原因不明だった ARCI 患者の一部の人々は、ゴールデン・レトリーバーの病気の原因遺伝子と同じものに変異が起きていたのです。
また、犬では何犬種かにおいて犬種特異的な魚鱗癬が臨床例として報告されてきていますが、ゴールデン・レトリーバーの他に原因遺伝子が同定されているのはまだ2犬種についてのみです。ひとつはノーフォーク・テリアです。劣性遺伝で比較的症状が軽く、KRT10という遺伝子変異が原因となっていることが2005年の論文で発表されました。もう一方は比較的重度の葉状魚鱗癬を発症するジャック・ラッセル・テリアで、TGM1遺伝子の変異が原因となっていることが2009年に分かっています。どちらの遺伝子についても、それまでに人の魚鱗癬の原因遺伝子として同定されているものであり、それらの遺伝子が変異を起こして魚鱗癬を自然に発症するのが確認されたのは、いずれも人以外の動物では初めてのことです。
このようにして、犬での発見が人に、人での発見が犬に応用されることで、病気のメカニズム解明や治療法へと繋がっていく可能性が高まっていきます。とりわけ、希少・難治性疾患は、人での研究が進めにくいために、今後ますます犬での研究が進められていくことと思います。
とはいえ、人では稀な病気が犬では稀ではないどころか普通に見られるという事実は、決して喜ばしいことではありません。目をつぶることなく、病気を減らしていく努力をしていかなくてはならないと思います。『犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (9) - 遺伝性呼吸器疾患、原発性繊毛運動不全症 (PCD) 』でもお伝えしましたように、常染色体劣性の遺伝病は、目に見えず急速に広がる可能性があります。そして、たった1頭の犬に遺伝子変異が起きたとしても、繁殖の方法によってはあっという間にキャリアの犬が増え、さらには発病(アフェクテッド)する犬も増えていってしまうのです。
また、以前、ダックスフンドやコーギーなどの脚の短さを決定に関与している遺伝子(FGF4)が明らかにされましたが、脚が短い状態とは、つまるところ骨の形成不全(軟骨異形成)が原因です。人では FGF 遺伝子ファミリーが低身長症と関係しているという研究結果もあり、人の場合には疾患と診断されるものでも、犬の場合だと犬種の特徴として遺伝子変異が固定されているともいえるでしょう。ですが、犬にとってその変異が QOL の低下に繋がらないならば、むしろ、それが犬種の特性として役立っているならば問題はないと思います。とにかく注意を払わなくてはならないことは、やはり、病気です。
このようにして、ひとつひとつ病気の原因が明らかにされていく時代になっていることをチャンスと捉え、数々の遺伝病が多くの人の目にとまることで人にも犬にも有効な治療法の開発へと繋げられていくのとともに、繁殖に生かしていくことで、将来的により健やかな犬たちが増えていくことを願っています。
【参考文献】
・PNPLA1 mutations cause autosomal recessive congenital ichthyosis in golden retriever dogs and humans ( Nature Genetics 44, 140-147, 2012)



























「犬種としての種を保っていく」必要性ってあるのでしょうか?
自然に地域環境に応じて進化してきた結果の犬種は別として。