2012年1月19日 しつけ・トレーニング
絵と写真で見る訓練(1)犬の認識
新年度からの新しい試みとして、絵と写真で犬の訓練を紹介していきたいと思います。これは、2009年からドッグアクチュアリーで主に文章を使って説明してきた内容を、より分かりやすく、初心者向けに解説するためのものです。
ちなみに上の写真は薄暮の雪原に立つ氷河時代のハンターと犬をイメージしたものです。私達の祖先は人間とは異なる犬の認識を的確に把握し利用するすべを知っていたのでしょうか?それとも犬が最古の家畜になれたのは偶然だったのでしょうか?
最初にお断りしておきますが、この連載で使う絵・写真、それと文章は僕自身のオリジナルであり、自分で犬を飼って訓練してきた経験から導きだしたものです。そのため市販の訓練本や解説書とは食い違う記述もあると思いますが、僕はこの手法でジャックラッセルテリアも、紀州犬も、ラブラドル犬も訓練可能でした。つまりこれからご紹介する訓練手法やその背景となる犬の認識に対する解釈は、訓練難易度の高い犬も、訓練性能の高い犬も、洋犬も日本犬も適応可能だったと言うことです。一連の連載が、これから犬を飼おうとしている方、すでに飼っていて、犬の訓練で苦労されている方の一助になれば幸いです。
犬の認識と理解の限界
まず犬の飼い主は、犬から見て自分がどのようなイメージで見られているか想像し、犬と人間には認識の差があることを理解し、常に意識して行動する必要があると思います。相手は人間とは異なる進化の過程を経た異種の動物です。当然、犬から見た人間は、人間が人間を見て感じるのとは異なる姿に感じられているはずです。その認識の差を理解し、犬が理解しやすい訓練方法を考えることで、犬の訓練は容易になっていくのです。
さらに犬の五感のうち、訓練に関係する感覚については、どのように人間と異なるか理解し、さらに知能の差からくる理解限界も把握しておく必要があるでしょう。まずは五感の方から考えてみましょう。
犬と人間の五感の差
・犬は人間より視力そのものは弱く、色の識別能力は低いですが、動体視力には優れ、暗視が得意で、さらに人間より広い視野を持った生き物です。
・聴力は人間より広い範囲の音が聞こえますが、基礎訓練では気にしなくてもよい程度の差です。
・嗅覚は犬の五感のうちでもっともすぐれたものですが、基礎服従訓練ではご褒美の匂いを嗅ぎつける能力が高いくらいの理解で構わないと思います。
・触覚は毛皮があるため、感覚毛のある部位や、毛皮が薄い部位は敏感ですが、毛皮が厚い部位は鈍感なこともあります。
では写真のマイロの様に、クルマから外を眺めている犬は、外界をどの様に見ているでしょうか?

犬の視神経や眼球の構造から推論すると、上の写真の窓の外の風景のように、犬たちは普段からコントラストが高いかわりにぼやけた画像を見ていると思われます。犬から見ると、遠くのものはぼやけて見え、なおかつ動きのあるものだけが明確に認識されるのです。色覚をつかさどる視神経も少ないので、色彩も良く見えていないかも知れません。
犬の知能
・犬の知能は人間の三歳児程度と言われ、簡単な因果関係は理解できますが、言語の本当の意味や、起承転結や複雑で抽象的な事象は理解できません。ですから犬に事細かな背景事情を説明するのは無意味です。
・犬の行動を飼い主が評価する時は、単純にヨシかダメの二極で評価するほうが、犬は迷いを生じません。その評価基準がぶれないこと、犬が受け入れられる範囲にある事も重要です。
・犬は状況によって、場の空気を驚くほど察する時と、まったく場の空気を読もうともしない時があります。前者は自分の上位者がいる時で、後者は自分の上位者が一緒にいない時、あるいは自分が最上位だと感じている時です。
このような背景事情があるので、飼い主の動作の意味する事を自分の飼い犬に熟知させる意味で、普段から犬を人間の生活空間で自由に暮らさせる事が重要なのです。
・数についての理解は、犬の種類と個体によって異なります。ジャックラッセルテリアのマイロの場合、捜索持来で試すと1~3という数を認識しているようです。以前飼っていたスナッピー二世と言うラブラドル犬と、父の家にいたジミーと言う狼犬は、5個の隠したゲームを確実に持ち帰り、それ以上の捜索持来を命じてもはっきり拒否したので、どちらも1~5の数字を覚える事が出来たとおもわれます。この事から犬は最低でも3までの数字を認識でき、記憶力の良い犬なら5までの数字を認識できると思われます。
社会化された犬から見た人間
次に犬が人間をどのように見て感じているか考えてみます。僕は個人的な見解として、犬は人間を同族かそれに類するものとみなしていると考えています。ただし、それは人間的な感覚したらかなり怪物じみたものです。
犬から見た飼い主は、背が高く、脚が長く、でも下半身(後半身)がない?ちょっと変わった犬、または自分とだいぶタイプが違う犬くらいに思われているようです。

では、具体的に犬から見た人間の各部はどんな風に認識されているのでしょう?たとえばイラストの様な小型犬を連れた少女は犬から見るとどんな風に認識されているのでしょう?
・顔の部品については、犬は人間の目と口をほぼ同じものとして認識しているようです。
・犬は人間の笑顔を、犬がリラックスしている時の表情と同等とみなしているようです。そのため、犬を訓練する時、特に犬が命じた事を出来た時は、口を横に薄く開き、歯を見せる笑顔で犬をほめると、犬のモチベーションを上げることができるのです。
・犬と人間の認識が極端に異なるのは人間の手についてです。人間によく社会化された犬は、人間の手を犬の前脚と同等とみなすだけでなく、飼い主や親しい人の手を犬のマズル、つまり犬の頭部の前半分として認識しているように見えるのです。
このため、人間への社会化がまだ途上にある犬は、人間になでられる事に恐怖を感じることがあります。なでようと上から迫る手は、犬から見たら、咬みつこうと上から近づく大きく開かれた犬の口に見えるからです。
人間に社会化されたイヌとオオカミは人間が教えた視符に従うようになります。それは、とりもなおさず、犬が人間の手を同族の顔の前半分のように認識しているから可能になるのだと僕は思います。
以前の記事でも書きましたが、犬は人間を下のイラストのように、大きな顔一つと、小さなマズルを二つ持った、かなり怪物じみた存在として認識しているように思われます。また首輪は自分の首を押さえたり咬んだりできる第四のアゴであり、リードはその首と認識されるでしょう。犬はさらに、人間の後半身がない事を容認します。
時には女性のポニーテールを犬の尻尾と見なして、しつこく後頭部や首筋の匂いを嗅ごうとする犬もいます。つまり彼らは人間の身体の各部を、自分たち犬の身体のどこかに当てはめて、自分たちなりの解釈で人間を認識していると思われるのです。
幸いな事に、犬は社会化された相手なら、どんな怪物じみた相手でも、自分の仲間と見なす柔軟な社会性を持っています。飼い主を尊敬している犬から見ると、我々人間は、頭が三つもあるスーパードッグなのです。我々は、犬とその祖先の狼が、高い社会性と、異種をむやみに差別しない柔軟な精神構造を持っていた事に感謝すべきかも知れません。



























初めまして。
史嶋様のファンです。
捨て犬ブランの続編は書かれないのですか?