保護犬ヴィヴァート

京子アルシャー

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今年の春に新しい仕事先にめぐり合い、友人ステフィは住み慣れたベルリンを離れて400km西へと引っ越していった。彼女は元々西ドイツの生まれだが、獣医学を学ぶために7年ほどベルリンに住み、長期休暇のたびに普段は実家に預けていた愛犬のドーベルマンを連れて、私達はよく一緒に森の散歩を楽しんだ。彼女の愛犬はドーベルマンにありがちな心臓の遺伝疾患を抱え、うちの犬とは薬の貸し借りなどもしたものだった。

引越し先では愛犬とゆっくり暮らせるように庭付きの一軒家を借り、しかし愛犬は彼女が引越しを予定していた前日に突然この世を去っていった。その日はいつもどおりに散歩を楽しみ、いつもどおりの暖かいベッドで体を休め、ただそのまま愛犬は二度と目を覚ますことはなかった。

突然の別れにショックはありつつも、数年来心疾患を持病として抱えていたせいで、いつの日かこんな時が来る覚悟はできていた、と遠くを見つめながらステフィは話した。

その後、数ヶ月が過ぎ、引越し先での生活にも慣れた秋口に、彼女から状況報告のメールをもらった。メールには数枚の写真が添付されており、そのうちの一枚にドーベルマンの写真があった。

「ヴィヴァートという新しい家族が増えました。」

メールには写真の犬についてたった一言そうあった。

でもその一言で私はただうれしくなった。相変わらずのドーベルマン好きで、また新しく歩み始めたのだな、と思い少し安心したのだった。写真のドーベルマンは庭の芝生の上に横たわり、一見して安堵の表情が読みとれるような成犬だった。しかし、なぜか「きっと訳ありに違いない」、そう私は心の中で確信していた。

それから数週間後に、私はたまたま近くへ寄ることがありステフィの新居を訪ねた。ドイツ木骨造の小さな二軒長屋の玄関のベルを鳴らすと、それに反応して「オン!オン!」という大型犬の太い吠え声が聞こえてきた。

ドアを開けるステフィの後ろによたよたと走り寄る犬、それがヴィヴァートだった。久しぶりの再会を喜ぶ私たちの隣で、同行していたうちの犬とヴィヴァートは未去勢のオス同士お互いに若干警戒しながらも挨拶を交わしていたが、うちの犬にしてみると、なぜステフィの傍にこれまでの愛犬ではなくこのヴィヴァートがいるのかちょっと不思議だったのだろうか、ヴィヴァートとの挨拶もそこそこに、ステフィの周りをくるくる回り以前の愛犬の姿を探しているように見えた。

271211_Vivat2.jpgヴィヴァートには一見して明らかな重度の歩行障害があった。

背中から下降する後肢へのライン、腰骨から太腿にかけての筋肉が著しく薄く、そしてそれを補うように後肢の指先は外側へ向かって踏ん張っている。またヴィヴァートの右目は緑内障で完全に失明、左目は緩やかに白内障が進行している様子だったが、白髪はなく、聴力は健常、後肢の歩行障害とは裏腹に太く丈夫そうな前肢と広い胸板などから、おそらく体の動きの印象ほど高齢ではなさそうであるとみられた。

おそらく成長途中で何らかの障害を負ったのだろう。しかもその予後はあまり思わしくなかったようだ。

私達は2頭を庭に放して様子を見た。庭のあちこちを嗅ぎ回るうちの犬の後ろをゆっくりと付いてまわるヴィヴァート。片目が見えないとはいえ、充分周辺環境の認識は出来ているようで、時折茂みに半身をこすりつけるようなことはあっても、とくにどこかにぶつかることなく動き回ることが出来るようだ。素早く駆けて行くうちの犬を追いきれなくて、時々悔しそうにオンオンと吠えていた。

犬達を見ながらステフィに「何処の団体から来たの?」と聞くと、「ドイツのドーベルマン・レスキュー団体を通して」だとステフィは答えた。

そしてステフィはヴィヴァートを手元に呼び戻し、マズルを開けて見せた。

実は開けられたマズル内の歯という歯はすべて通常の半分以下の長さに水平に削られていた。

ヴィヴァートはポーランドの森の中で金属の鎖でつながれ、餓死寸前だったところを近隣の住民が発見し、現地ドーベルマン・レスキュー団体によって救い出された犬なのだそうだ。このヴィヴァートの様子からすると、元の飼い主はきっとヴィヴァートの障害を負担に感じ、遺棄に至ったのではないかと想像するが本当のところは誰にも分らない。

ただ、何日も鎖を咬み切ろうと試みたせいで犬歯だけでなく奥歯まで全てが擦り減り、それでも願いはかなうことなく、後はただその場で死を待つだけだったヴィヴァート。どれだけの苦しみと悲しみが彼を襲ったことだろう。

その後現地レスキュー団体に助けられたものの、推定8歳で歩行障害と失明という二重苦を抱え、そしておそらくまだ何かの疾患が潜伏している可能性があるということで仲介が困難とされた。このままでは安楽死の選択すらされかねない状況に置かれたため、かすかな希望を込めてドイツのドーベルマン・レスキュー団体づてに里親を募ったところ、「次の犬は保護団体から」と決めていたステフィの目に留まったということだった。

正直なところ獣医である彼女自身にとっては、ヴィヴァートの障害は大した問題ではなかった。

「ヴィヴァートは歩けるし、周囲の認識も充分できている。健康な犬しか将来が約束されないなんて不公平よ」

どんな犬にだって生きるチャンスがあるべきで、しかもヴィヴァートの場合死を選ばなければならないほどQOLは侵されていない、というステフィの言葉に私は大きくうなづいた。 

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ヴィヴァートがステフィのところにやってきてからというもの仕事先の診療所へはもちろん、何処へ行くにもヴィヴァートは一緒だった。ドーベルマン特有の学習の速さからか、ヴィヴァートが新しい環境に慣れるまでにそれほど時間はかからず、私が訪れた数週間後にはそれまでもう何年も一緒にいるかのように、お互いがお互いの気持ちを読めるようにすらなっていた。

ある日散歩に出た際、ステフィは一品買い忘れたものを思い出し、ほんの数分のつもりでヴィヴァートを初めて革のリードでつないでスーパーの前で待たせた。しかし買い物を終えたステフィがスーパーから出てきたとき、短い尻尾を振り再会の喜びを全身で表しながら駆け寄ってくるヴィヴァートの姿があり、繋いでおいたはずのリードがあっさりと咬み切られてだらしなく首から垂れていた。ステフィはこれを見て、何日も鎖につながれていた時のトラウマから出た行動だったことを悟り、それ以来二度とヴィヴァートをリードに繋いでどこかで待たせることをしないと心に誓った。

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それから2ヵ月後、博士論文提出のためにベルリンの母校を訪れたステフィから突然「一緒に森へ行こう」と誘いがかかった。私は予期せぬ訪問者の誘いに喜び勇み、待ち合わせ場所であるいつもの森へとうちの犬を連れて飛んでいった。

森で会ったヴィヴァートの姿は2ヶ月前より明らかに生命力に溢れ、後肢には筋肉がついて足取りもしっかりしていた。目は輝き、そしてすれ違うたくさんの犬たちとの交流に興奮し、まさに第二の犬生を謳歌するかのように体で生きる喜びをかみしめていた。

「ヴィヴァートの喜ぶ顔が見たかった」

ステフィはそう言った。彼女が前の愛犬と一緒にたくさんの楽しい思い出を経験した森を、ヴィヴァートにもまた味わって欲しいと思ったのだ。歩みの速さはけっしてうちの犬に引けを取らないほど、前になり後ろになり私達はのんびりと森の中を一周した。 

271211_Vivat.jpgこれだけ元気が戻ったのならばもしかしたら失明している右目の治療も出来るかもしれない、私達はそう感じ、次回彼らがまたベルリンを訪れる際には母校の眼科専門の同僚に相談してみることにした。

生気を取り戻した犬達の元気な姿がどれほど私達の心にも「幸せ」をもたらしてくれることか。それは生きるチャンスを与えられた犬からのなによりの恩返しに違いない。

 

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