老犬ヘンリー

京子アルシャー

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[Photo form Ask Chewie]

動物シェルターに保護される犬の多くは高齢の犬である。

何年も一緒に暮らしてきたのに「老い」を理由に家族を切り捨てるなんて、多くの人には到底理解しがたい。しかし、その理由を正当とする人が多いのも事実だ。

先日森の中でローゼさんという犬の飼い主に出会った。彼女はその場に3頭の犬を連れていてそれぞれがみな高齢犬だった。この3頭の中の1頭はヘンリーという先日シェルターから引き取った13歳のパグだった。

ローゼさんが3頭目の犬を探しにシェルターに足を運んだとき、他の部屋の犬たちが吠え立てる喧騒の中でヘンリーは自分の身に何が起こったか理解できずにただ部屋の中で小さく丸く(文字通り「負け犬」のように)うずくまっていた。この犬の詳しい履歴は不明だったが、少なくともこれまで暮らしてきた家族から離れてこのシェルターに身を寄せていたことは確かだ。高齢とはいえローゼさんの姿にさえほとんど反応せず、自らの心を閉ざしていたヘンリーに「この犬には助けが必要だ」と、そう感じ取ったローゼさんはその場でヘンリーを引き取ることを決めた。

高齢犬に対して先入観を抱いている人は多い。若いころに比べて動きが緩慢になり、反応が鈍く、頑固さに磨きがかかった振る舞いに加え何かしらの病気が併発することで家族の心が徐々に離れてゆき、やがて犬と飼い主の関係に治療費の程度が致命傷を与えかねない。一方で「犬を飼うなら子犬から」という偏った先入観もまた世の中に蔓延し、将来への希望に満ち溢れた子犬の弾けるパワーとあどけなさを逆手に取った商売が横行する中で、その裏に隠された小悪魔の仕出かすいたずらが手に余るとき、やがてそれは本当の問題として浮き彫りになり、その行く末は高齢犬とともにシェルターで見ることができる。

高齢の犬はこれまでの犬生で多くの経験を積み重ねてきたことにはとても大きなメリットがある。高齢犬が保護犬として新しい家族環境に慣れるためにフレキシブルで寛大な心と忍耐を必要とするのは他のどの犬に対しても同じ、しかし高齢の犬では子犬のように1からすべてを教え込むことはない。13歳の高齢犬になるともう若い先住犬との争いもほとんどない。リードにつけて歩くことも、トイレ躾の心配も、食餌のときも、高齢犬自身が持つ経験によって新しい家族の手を特に煩わせることなく穏便にこなされる。時間こそかかるけれど、経験を生かし新しい家族との距離感を測りながらゆっくりと愛情を探す。高齢だから若い犬のように運動プログラムを組んだりわざわざ多くの経験をさせるよりも、むしろ散歩に充分な時間をかけ、スキンシップの時間を大事にしたい。ゆったりのんびりと犬と暮らしたいなら、とにかく高齢犬に限るだろう。

ヘンリーがローゼさんの家にやってきたとき、唯一持参したものは固まったよだれでカピカピになった薄汚れたクマのぬいぐるみだった。ローゼさんはヘンリー用に新調した犬ベッドにそのぬいぐるみを寝かせてヘンリーを誘導し、ヘンリーは犬ベッドの周辺をぐるりと偵察した後に当たり前のように犬ベッドの中のぬいぐるみに寄り添って腰を下ろした。そしてその日ヘンリーはそのままぐぅぐぅといびきをかいて深く眠った。

ヘンリーにはひとつの癖があった。寝るときに必ず何かを枕にしないと気がすまないらしい。リビングの犬ベッドのほかにもう一箇所犬の休める場所をと思うものの、しかしローゼさん自身のベッドにはもうそんなヘンリー用の枕を置くだけのスペースはなかった。彼女が考えをめぐらせていたところにふと同居しているローゼさんの義母からの「私のところなら充分余裕があるわよ」といううれしい代替案のオファー。以来ヘンリーはリビングにある自分のベッドとおばあさんのベッドをうまく使い分けながら、気が付くとこれまで何年も一緒に暮らしてきたかのように家族になじんでいた。

何もドラマチックな出来事は起こらないけれど、ヘンリーはその日その日を噛み締めながら暮らしているように見える。過去を悔やむでなし、かといって将来を憂うでなし。ゆったりとした足取りでやってきて、少し白濁した目でローゼさんを見上げるその顔には安堵がみなぎっている。

「私にとっては一緒に暮らしてきた年数を数えるよりも、私たちの友情関係がどれだけ集中的で深いか、そのことの方が大事」とローザさんはいう。今を生きる犬にとって最も安心できる言葉かもしれないと思った。

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