
「攻撃行動によってコミュニケーションが欠落し協調に対する心得の足りない犬は、グループ(群れ)での共同生活は不可能である」
2002年フェダーセン-ペーターセン博士講演「犬の攻撃性の生物学的な考察について」より
人(あるいは犬)から隔離されて暮らすことで、犬は人(あるいは犬)とのコミュニケーションが不十分となり、犬は相手と接する時の加減を知らないままに育つことになる。
再度説明するが、日本のペットショップで行われているショーケース内での陳列販売や個人ブリーダーの元で小さなケージの中で育てられているように、子犬の行動範囲が極度に制限されると知的好奇心が満たされないだけでなく、生物/無生物を含む周辺環境への認知が不足し、「遮断症候群(Deprivationssyndrom)」に陥る。
※「遮断(Deprivation)」:正常な様態の発達期において不可欠な、ある特定の刺激作用が欠如すること。(『行動生物学・動物学習辞典』インデックス出版より)
「遮断症候群」は子犬の成長において、子犬が社会的に隔離されることにより受ける社会的行動への可逆/不可逆な影響で、特定時期に関連して起こる一群の症状を呈する傾向である。重症の成長障害を引き起こす可能性をもち、心理強制的な常同行動や周辺環境への無関心、突発的な攻撃反応を示し、他の犬との探査行動(いわゆる挨拶)や遊び行動に対応困難あるいは不能な状態のことである。
子犬の精神成長に関する研究は1958年にScottとFullerの行った調査報告を皮切りに、1971年にFox によって犬が幼少期に生活から学ぶ社会性についての記述がなされ、その後これまで数多くの犬学者達が犬の基本的な成長についての研究調査を行ってきた。
自然環境において成長期にあるべき刺激が欠落すると、その刺激によって促進されるべき行動成長の発展がなされず、本来正常とされる自然行動の発揮が制限されて「遮断症候群」に陥り、将来様々な状況に適応するための脳の発育すらも影響を受ける、とSerpellは報告し、のちにFrankとHasselbachが行ったオオカミの調査報告では、子犬が本来持つべき経験がなされなかったとき、周囲への無関心・ハイパーアクテビティほか行動の成長阻害が見られた、とある。

コンラート・ロレンツに学び、トルムラー、ツィーメンとともに現ドイツの犬の行動学を率いてきたキール大学のフェダーセン-ペーターセン博士の長年にわたる行動研究観察からは、犬の場合も同じく、子犬が本来経験すべき社会的行動を学習しなかった(子犬が経験しなかった)場合、子犬は成長してから行動の根底に(ヒト/犬を含む)周囲への不安・恐怖・不確実さが見られ、切羽詰まった状況では容易に自己防衛のための攻撃へと変わりやすいという考察がある。
変化に満ちた自然な環境で育つ子犬同士と変化のない閉ざされた環境で育つ子犬同士のインターアクションの観察を通した行動発生の頻度の推移比較を行った調査から、犬の周辺環境(人と犬/他の動物を含む)への認知(=社会化)が7-12週齢頃で最もピークを迎えるというのが今では定説とされている。注目すべきはその中に一時的に行動成長の急加速を見せる時期(6-8週齢)があることで、この時期の社会化が不十分であると周囲への不安・恐怖・不確実さが見られると博士は考察しているのだ。
博士の言葉で言うと、「犬にとって幼少期の経験と行動の成長はその犬種の行動生物学的不可欠要因であり、いわば犬の理解力の扉を開くことと同じ」。博士が30年以上に渡って観察してきた犬の行動研究からは、子犬の成長に伴う表現可能な行動・学び取れる行動は週齢とともに変化することも明確であるほか、15年かけて行った「オオカミとイエイヌ11犬種の行動成長の比較観察プロジェクト」からは、犬種によって行動の成長速度が異なってくることも明らかとなり、中でも日本で人気犬種であるラブラドール・レトリーバー、ミニチュアプードル、ジャーマン・シェパードは、シベリアンハスキーやボーダーコリー、ワイマラナーよりも成長速度は遅く、(中でもミニチュア・プードルは特に成長速度が遅く、他犬種よりも2週以上の行動表現の遅れ)、さらにはこの成長の遅さはオオカミの行動成長速度よりも遅いという結果だった。
またSlabbertとRasaの調査ではジャーマン・シェパードにおいて、生後6週で母犬から引き離した子犬と、生後12週で母犬から引き離した子犬とを比べた結果、早期に母犬と別れた子犬においてストレス行動、高い疾患率・死亡率が報告された。

生後6-8週にかけては子犬はいよいよ社会性を多く身に付け、最も多くの社会性を学ぶ臨界期にあたるため、子犬を親・兄弟犬から引き離す時期は早くても社会性を学び取る臨界期を過ぎた8週齢以降であることは譲れない。この時期を充分に経験することで犬は社会で生きてゆく上で最も重要な基盤を固めることになり、また臨界期を過ぎた子犬は自然に母犬との距離を取り始めるため、本来その時期が親離れの時期でもある。
一つの基準としての例を挙げるならば、子犬を母犬から引き離す時期は最短でも自然離乳の後、つまり約6週齢以降であれば構わないが、その後は8週齢を過ぎるまで最低でも兄弟犬/同週齢犬達と一緒に変化のある環境に置き、子犬同士の遊びを通して犬本来の精神成長を養うことだろう。
自然に逆らい、小さな檻に閉じ込められ隔離されて育つ子犬は、周辺環境への慣れも興味の追求も、はたまた兄弟や仲間との遊びを通して犬としての振る舞いを身につけることもできず、子犬のメンタル・キャパシティは伸びるどころか成長阻害さえも受け、売られていった先で子犬が許容できる状況の限界をすぐに超えてしまうことなど容易に想像がつくというものだ。なにしろその時その時で子犬が経験し感じたことだけがその犬の将来の基礎になるのだから。
愛護センターに持ち込まれる純血種犬の多さとペットショップでの販売に関連性を見るならば、小さな許容限界を超え、不安やストレスから攻撃的になったり落ち着きのない子犬が育ち、その結果「噛む」とか「しつけが入らない」などと言う理由で手放されている傾向は指摘せざるを得ないだろう。

もし仮に8週齢まで親兄弟から離してはいけないという規制がされたとしよう。しかし、いわゆるパピーミルと呼ばれる犬の繁殖場の状況を考えると、狭い檻の中で母子共々ギューギュー詰めになって8週齢まで過ごすというのでは全く意味がない。だから、8週齢規制を行うのであれば最低限それに付随する繁殖犬と子犬の飼育環境への条件付けも合わせてするべきである。もちろん8週齢以上の犬を販売するとしてもそのための飼育条件が伴わなくてはならないということを、絶対に忘れて欲しくない。

犬の繁殖とは「ただ生ませて売ればいい」というものではない。子犬が将来快適に家族と暮らせるように、子犬の時期に人や動物、素材の異なる足元(土/草地/砂利など)、いろんな音、いろんな視覚オブジェクトに慣らしながら育てることは、健康管理と並び犬の繁殖を行うものにとって最も大事な課題の一つである。そして犬を販売しようとする者も同じ心がけが必要である。
もしも生き物としての犬の、その自然を保護するという観念が理解されないのならば、百万歩譲って業界はせめて「商品」への倫理を追求する努力ぐらいはするべきだろう。犬は法的にはすでに「物品」ではなく「生き物」であるにもかかわらず、業者は犬を工業製品のようにしか扱えていない。現状の子犬販売では「生き物である商品」における犬の精神面(生き物であるがゆえの犬の性質)が考慮されず、業界はただ見かけが犬であるだけの欠陥商品を売っていることになるのだ。そのうえ売った「商品」が購入者の生活に大きな影響を与えることを考えるとトレーサビリティも、そのための個体識別もフィードバックシステムもないのは消費者保護としてはずさんではないだろうか。さらにはそんな売りっぱなしで片手落ちな商品の尻拭いを「殺処分」という形で、しかも税金を使って行っているのならばこんな馬鹿な話はない。
いや、それよりも、犬はやはり生き物である。「商品」ではなく「生き物」として、まずはそこから考えて行きたい。
【参考文献】
・Serpell, J. A., u. J. A. Jagoe (1995): Early experience and the development of behaviour. in: Serpell, J.: The domestic dog: its evolution, behaviour, and interactions with people. Cambridge University Press, Cambridge, S. 79 - 102
・Frank, H., Hasselbach, L.M., Littleton, D.M.(1997): Socialized vs. unsocialized wolves (Canis lupus) in experimental research. Advances in Animal Welfare Science 3, 33-49.
・Feddersen-Petersen, D. U. (2004): Hundepsychologie, 4. Auflage, Kosmos Verlag
・Feddersen-Petersen, D. U. (1994): Vergleichende Aspekte der Verhaltensentwicklung von Wölfen und Haushunden verschiedener Rassezugehörigkeit: neue Ergebnisse und Ausblicke zur Ontogenese und Phylogenese sowie der Domestikation und Züchtung im ethischen Arggument. In: Verhalten, Informations- wechsel und organismische Evolution. Berliner Studien zur Wissenschaftsphilosophie & Humanontogenetik, Band 7: 117 - 133. Kleine Verlag, Bielfeld
・Slabbert,
J. M. & Rasa, O. A. E. 1992. The effect of early separation from
the mother on pups in bonding to humans and pup health. South African
Veterinary Association 64(1): 4-8.
【関連記事】
・なぜ子犬の販売に「8週齢規制」が必要か? (1)
・ドイツの犬の保護に関する法律 (1)
・私たちが国に期待すること




























はじめまして。いつも有益な記事を拝読させていただいてます。
>一つの基準としての例を挙げるならば、子犬を母犬から引き離す時期は最短でも自然離乳の後、つまり約6週齢以降であれば構わないが、
個人的には8週程度では不足だと考えています。なぜなら満8週(56日)では自然離乳を済ませていないケースも珍しくないからです。
日本国内の場合は、離乳と言っても人為的に母犬と子犬を隔離した強制離乳が多く、単に「離乳」と言えば子犬に乳歯が生えてフードを食べられるようになった状態を指す事が多いと思われます。
我が家では柴犬の出産子育てをしたことがありますが、母犬が授乳拒否を始めたのが生後48日からで、そこから30日かけて生後78日が最後の授乳でした。我が家の場合は少々遅い完全離乳でしたが、生後60日過ぎまで授乳するケースは珍しくないと思います。
母犬主導の「卒乳」の場合は、徐々に授乳拒否の頻度が多くなり、かなりの日数をかけて自然離乳させます。その過程で、子犬は母犬の授乳拒否による「叱り」を経験し、精神的に鍛えられます。この過程こそが、子犬の成長にとって重要だと考えています。
我が家の場合は、父犬とは生後2日目から対面させ、生後40日過ぎには庭に出して遊ばせていました。最終的には、ワクチン2回接種が完了して外出可能になる生後110日まで親兄弟を引き離さずに育てました。これくらいが最低限必要な日数だと考えてます。