犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (4) - 神経セロイド・リポフスチン症のメカニズム解明・治療へ向けて

尾形聡子

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[Illustration by Yoko Fujiyoshi]

NCL 発症犬種:イングリッシュ・セター
CLN8(Ceroid-lipofuscinosis neuronal protein 8)遺伝子の突然変異(ミスセンス変異)が原因となり発症します。

難病と呼ばれる様々な病気は、医療や公衆衛生が進んだ今の時代にも決して少なくありません。現在、厚生労働省では、『症例数が少なく、原因不明で、治療方法が確立しておらず、生活面への長期にわたる支障がある疾患』として、130の疾患を対象に調査研究を行うなど、難治性疾患克服研究事業を進めています。難病とひとことで言っても多種多様で、生まれた時点から病気に罹っている場合もあれば、かなり歳をとってから発症するものもありますし、遺伝性のもの、ウイルス感染によるもの、ストレスなどの環境要因で発症するものなどさまざまです。難病に罹患することは、慢性的な症状に悩まされて生活の質を著しく損なう恐れがあり、そして、時には命までをも脅かされてしまうこともあるのです。

厚生労働省が指定する130疾患の中には、クッシング症候群やアジソン病、筋ジストロフィーなど、人だけでなく犬にも見られる疾患が存在しています。難病は、罹患することがきわめて稀である場合が多く、そのことが原因解明を遠ざけてしまう一因ともなっています。しかし犬は、人に比べて遺伝子の多様性が少なく、また、特定の疾患を好発する犬種が存在するために、数少ないサンプル数の調査で疾患の原因遺伝子を特定しやすいという大きな特徴があります。人為選択による繁殖によって、犬種内での遺伝子変異が急速に固定されていったからこそ、この数百年の間にさまざまな姿形を持つようになってきた犬たち。人の場合には稀な病気も、特定の犬種の間では頻繁に見られることがあるという状況は、ある意味、人災的な異常事態が起きているともいえるのではないかと思います。

いずれにせよ、人も犬も苦しめる難病ですが、犬のゲノム配列をベースに研究を進めることで人・犬両方の難病のメカニズム解明・治療方法の確立に向けての新たなレールが敷かれることも多くあり、今年8月にも、人と犬共通の神経変性疾患「神経セロイド・リポフスチン症」の、犬での原因遺伝子が突き止められました。

What are you laughing at?

[photo by DutchImage]

NCL 発症犬種:ボーダー・コリー
CLN5(Ceroid-lipofuscinosis neuronal protein 5)遺伝子の突然変異(ナンセンス変異)が原因となり発症します。

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神経セロイド・リポフスチン症(Neuronal ceroid lipofucinosis:NCL)とは

細胞の中には、ライソゾーム(リソソーム)と呼ばれる細胞小器官が存在しています。ライソゾームでは、さまざまな分解酵素が働いて、日々排出される不要なもの(老廃物)の処理を行っているのですが、処理するための酵素に異常が起き、分解処理がうまくいかなくなった時に見られる疾患を総じてライソゾーム病と呼んでいます。ライソゾーム病の中にもさまざまな原因によるいくつもの疾患があり、その中のひとつが、神経セロイド・リポフスチン症(NCL、または、セロイド・リポフスチン症:CL)と呼ばれているものです。

NCL は、リポフスチンという色素が代謝されずに蓄積されることで起きる、進行性の遺伝性疾患です。NCLの中でも、主に発症する年齢や原因遺伝子などによって、10のタイプに分類されています。10タイプのうち8つについては原因遺伝子の特定ができたものの、2タイプについては現在も不明で、そのうちのひとつが大人になってから発症するタイプ4で、 Kufs Disease と呼ばれています。

Kufs Disease は、40歳くらいまでに発症し、脳内の神経細胞が徐々に死滅していくことで視覚障害、知的障害、歩行や行動異常などを引き起こします。乳幼児~こども時代に発症するタイプと比較すると、その発症率が非常に低いことも、原因遺伝子特定への道を険しくしているのです。

アメリカン・スタッフォードシャー・テリアでのNCL発症原因遺伝子同定へ

NCL は、20犬種ほどで発症が確認されており、ボーダー・コリー、イングリッシュ・セター、ミニチュア・ダックスフンドなどが罹りやすいと報告されています。犬の場合も徐々に脳内の神経細胞が侵されていくことで、運動障害や視覚障害などが起き、ついには死にいたるという恐ろしい遺伝性疾患です。現在、治療方法はありません。2000年に、アメリカン・スタッフォードシャー・テリアでタイプ4(大人になって発症する Kufs Disease)に相当するとされる NCL が発症することが分かり、その後の調査で、アメリカで登録されているアメリカン・スタッフォードシャー・テリアの400頭に1頭が罹患していることが分かりました。

AMSTAFF PUPS

[photo by De Goedegebuurtjes™]

アメリカン・スタッフォードシャー・テリアの子犬たち。将来恐ろしい病気を発症してしまうか否か、この時点では見た目だけでは全く分かりません。

そこで、アメリカとフランスの研究者らは、米仏両国で NCL に罹っているアメリカン・スタッフォードシャー・テリア138頭について原因となる遺伝子を探索したところ、アリルスルファターゼ(アリルサルファターゼ)G(Arylsulfatase G :ARSG) と呼ばれる遺伝子が変異していることを突き止めました。ARSG は、ライソゾームに局在して働く分解酵素のひとつなのですが、それが変異することで、正常なアミノ酸配列とは異なるタイプのものしか作られなくなり、酵素活性が大きく減衰してしまうことでリポフスチンが蓄積され、NCL 発症へと繋がってしまうことが明らかにされたのです。

この発見をもとに、人ではまだ解明されていない Kufs Disease (NCLタイプ4)の原因遺伝子が、はたしてアメリカン・スタッフォードシャー・テリアでのそれと同じものであるかどうか調べるところから、今後の研究・治療法の確立へと繋げられていくことでしょう。難病で苦しむ方々のために、そして NCL で苦しむ犬のために、さらなる研究が進められていくことを願うばかりです。

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Little Dachshund on the Run

[photo by Sweeney - Memphis]

NCL 発症犬種:ミニチュア・ダックスフンド
TPP1(Tripeptidyl-peptidase 1)遺伝子の突然変異(1塩基欠失によるフレームシフト)が原因となり発症します。
PPT1(palmitoyl protein thioesterase 1)遺伝子の突然変異(1塩基挿入によるフレームシフト)が原因となり発症します。

犬の NCL は、常染色体劣性遺伝する病気です。とくに、アメリカン・スタッフォードシャー・テリアの場合は発症年齢が5-6歳と遅いため、キャリア(片方の遺伝子だけに変異があるが、症状は出ない)であることを知らずに繁殖を行ってしまうと、あっという間に犬種内に蔓延してしまう危険性が高い疾患です。仮に、両親犬ともキャリアである場合、両親犬それぞれが持つ変異遺伝子を受け継ぐ可能性は25%となります。つまり、1/4の確率で NCL を発症する子犬が産まれてくるのです。そして、キャリア犬となる確率は50%となり、クリア(遺伝子変異をひとつも持たない)の個体が生まれる可能性のほうが確実に低い状態になってしまいます。

Emily gets a bone

[photo by david real 1]

NCL発症犬種:アメリカン・ブルドッグ
カテプシンD(cathepsin D:CTSD)遺伝子の突然変異(ミスセンス変異)が原因となり発症します。

NCL は、人では10タイプに分類され、それぞれの原因遺伝子が異なっているように、犬も犬種によってその原因となる遺伝子が異なっているのですが、これまでに研究によって原因遺伝子が特定されている犬種(イングリッシュ・セターやボーダー・コリーなど)については、すでにDNA検査が受けられるようです。そして今回紹介しました研究結果の発表とほぼ時を同じくして、ミニチュア・ダックスフンドでの NCL 発症原因となる遺伝子変異のひとつが新たに確認されました。これらの研究によって新しく明らかにされた変異遺伝子を見るための DNA 検査も、きっと遠くない将来に受けられるようになることかと思います。とにもかくにも劣性遺伝の恐ろしさは、とりわけその発症が遅い場合、知らず知らずのうちに病気の遺伝子変異を子孫へと伝えていってしまうことなのです。

【参考文献】
A canine Arylsulfatase G (ARSG) mutation leading to a sulfatase deficiency is associated with neuronal ceroid lipofuscinosis (PNAS, 107 (33), 14775-14780, 2010)

【関連記事】
犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (1)
犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (2) - 筋肉量を調節する遺伝子、ミオスタチン
犬のゲノム研究が明らかにしてきたこと (3) - 睡眠障害、ナルコレプシー研究と犬

 

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